国際ヨガ協会

ヨガエッセイコンクール 2009年度 入賞作

2009年度・最優秀賞(Ⅰ)
サラリーマンこそヨガがいい

広島県 西条中央学園 大滝直司さん

「ちょっと!邪魔しないでっ」。テレビを見る私の横で、熱心にヨガをする妻をちゃかして邪魔していたのをよく覚えている。子供の頃から習い事が続いたためしがない私。ピアノ、習字、そろばん。一つのことを極めて頂点に立てなかったとき、いったい何の役に立つというのだ。日々の努力への疑問が私に付きまとっていた。自分はというと、どちらかというとやせ型なので、いま流行のメタボの心配もないから運動を始める気もなかった。だいいち、ヨガなんてゆっくり時間をかけてするものであって、忙しいサラリーマンにそんな時間はない。「そんな時間があったら睡眠にあてるよ」と思う。と言いながらテレビを見て夜更かしをすることになるが。朝起きて、前の日の疲れも取れぬまま、あわただしく出勤。明らかに今日中に終わりそうにない仕事の山。ひっきりなしにかかってくる電話。そんなことをしている間にすでに夕方。終わらないから今日も残業だ。帰宅したらもうヘロヘロである。家族が寝た後に食べる、ひとり寂しい夕食とお風呂だけが安らげる瞬間になる。
これでヨガをする気になるだろうか? いや、ならない。ダラダラとテレビを見てすごす30分はあっても、ヨガをする30分はないのだ。結果として平日は会社と家を往復するだけとなる。「趣味は?」と聞かれて、「…仕事」。「仕事のほかに趣味を持たないと人生にハリが出ないよ」と妻は言う。言いたいことはわかる。その通りだ。しかし私は、どうしても納得がいかない。ただでさえ、一日の大半を仕事に費やし、残り少ない自分のくつろぐ時間をつぶしてまで、ヨガに通うなんて何がいいのだろうか。ヨガを続けて何を目指すというのだ。硬いカラダをいじめてイタイ思いをして、なんと非効率な時間の使い方であろう。だからヨガに通う妻を見て、「ヨガなんてやめちゃえ。時間がもったいないよ」とさえ思うのだった。大事な時間をくつろぎよりも痛み苦しむ時間にあてるなんて、妻はいつから体育会系になったのだろうか?
だが、そんな私の「ヨガ観」はあっさりと変わってしまった。始まりはバイオリン。習い事も嫌いで趣味も続かない私には、あまりにも特技がなかった。「会社の忘年会、余興で何しようか‥。」もとから目立ちたがりである自分。周りの人が驚くような意外な余興にしたい。「よし、来年に向けてバイオリンを始めてみるか。」仕事はほどほどにして、バイオリン教室に通い始めた。自分の意思でものごとを続ける意思を固めたのは初めてかもしれない。しかし、これがとても難しい。弾けるような人はだいたい五歳とか幼少の頃から習い始めている。とても忘年会の余興のために三十歳の大人が始めるようなものではない。弾けないものだから、上手くならない言い訳を考えるようになる。「そうだ、きっと体が硬いからしなやかに弾けないのだ」私の勝手な思い込みは、妻が通っているヨガを思い出させた。「まずは体をやわらかくしよう。」あんなにバカにしていたヨガに通うことになる。
妻は夕食の支度があるから、仕事帰りの私は一人で夜のクラスへ通う。大勢の女性の中で男がひとり。正直、やりづらい。
ヨガマットを持って町を歩いている人は確かにほぼ女性。男性のヨガ人口は少ないのだなとあらためて思う。しかも自分の体は想像以上に硬いから楽しくもない。
「硬い人ほどヨガは楽しくなりますよ。」先生が声をかけてくださるが、その真意は理解できなかった。みれば、周りにいらっしゃる女性、私の祖母に当たるぐらいの年齢であろうか。私ができないポーズを難なくこなす。
「…年齢を負うごとに体は衰えるのではないのか?」
「自分は若いはずなのになぜできない?」
その女性は柔軟なだけではない。筋力もあるのだ。衝撃を受けた。聞けば、ヨガを20年以上続けてこられたそうだ。このとき、私は確信した。ヨガを続けることは、若さよりも武器になる。
通い始めて半年たっても、はっきり言って硬さはあまり変わらなかった。気分も変わらない。ただ、バイオリンが上手になりたい。その気持ちで休まずに週一回のクラスを続けてきた。バイオリンはあまり上達しないが。まあ、疑問を抱く前に続けてみよう。
1年経過した今、きっかけはないのに自分に大きな変化が見られるようになった。「ん?足がけっこう開くぞ…。」半年前まで絶対にできないと思っていた開脚が想像以上にできる。「体が硬いほど変化が楽しい。」これだ!! 柔軟性はすべての基本と最近読んだ本に書いてあったが。
大きく体を動かすことで血流がよくなり、代謝も上がり、どんなに働いても疲れなくなった。疲れないとそれだけで毎日が楽しい。8時に起床し、始業ぎりぎりに出社していた生活が一転、やがて、朝が待ち遠しくて毎朝4時に起きるのが習慣になった。平日は始業の3時間前に出勤する。仕事は片付くし、心と時間のゆとりがあるからこそ思いつくアイディアも多い。体が健康になったのか、頭の回転がよくなったのか、自分の仕事の企画が次々に通る。ヨガの効果が正直ここまで及ぶとは予想もしなかった…。サラリーマンこそ、ヨガをするべきである。
カラダって誰にとっても生きる基本だなと思う。「肩こりはこのポーズで治るね」。カラダや健康の話題で妻との共通の話題も増えた。今では妻のヨガ通いや合宿も心から応援できる。結局、忘年会に余興コーナーはなく、バイオリン教室にも通わなくなった。しかし、ヨガは一生続けると思う。

 

2009年度・優秀賞
必然の出会い

北九州支部 堀川和子さん

その日は、いつもより丁寧に早くミスのないように頭と体をフル回転させながら仕事を終わらせます。向かう先は週に一度のヨガ教室。行けない時、遅れる時があっても、それでも続けられるのは他人(ひと)と比べる必要のない、自分と向き合える、ゆったりとした時間の流れる居心地の良い空間が待っているから。
思えば10年前、アキレス腱の断裂を経験して楽しんでいたスポーツもダンスも再開する自信はなく、不自然な歩き方に閉口する日々。心のどこかで“何か”を探し続け、5年の月日を経てめぐり逢えたのが、ヨガ。初めて耳にする“呼吸法”は、希望の感嘆符!でした。それというのも、アキレス腱を切ったその瞬間、私はただ自然に手を当て、痛い所に酸素を送り込むように気を入れることに集中して時が過ぎるのを待ち、ゆっくりと手を離し、立ち、歩き、痛みを感じることなく、帰路に着いた時のことを思い出したからです。私は、「これで体のバランスを修正できる!!」と直感しました。
今ではフットワークも軽く、颯爽と歩いているだけでなく、一週間の疲れを癒す術(すべ)を体感しています。体の力を抜き、気を緩め、田中美奈子先生の声を遠くに聞きながら時間の経過と共に覚醒が始まります。睡眠不足も解消され、「ありがとうございました」のご挨拶の時には、頭も体も気分爽快になっているのです。
つい最近のこと、[サヴァアサナ]の時に、先生の言われるように自分の体がフワァ~と浮いたような不思議な体感を覚えました。とても驚きでした。
パーキンソン病の義母の介護が続く日々、アキレス腱を切った時に入院を「3日間だけ」と希望して先生を困惑させて以来、今はヨガでリセットして現場に戻るエネルギーを充電させてもらっています。時として張り詰めた神経の生活の中で、心の表も裏も意識して柔軟に生きることができ、本当に良かったと思う。
出会いは偶然ではなく、必然と聞く。古書店でふと手にした『ヨガ芸術』という一書。アイアンガー・著、後藤南海雄・訳。ページをめくるとどなたかに贈呈されたと思われる文面の手紙が挟んでありました。しかも訳者の直筆でさらに驚いた。ヨガとの不思議な出会いの一つ。
これからもゆるりと、いつまでも教室に通い続けたい。

 

2009年度・優秀賞
人生、まだまだ勉強の途中

安芸支部 高橋弘美さん

「すごい先生がいるから、一度体験に来てみて。」そんな友達の誘いに軽い気持ちで行ってから、人生が180度変わりました。 そのころは事務でパソコンと向き合う日々、肩こりどころか背中じゅうが凝り、運動不足を感じる毎日でした。そんな私の体を見るなり「あなた、前かがみのお仕事されてるでしょ」と先生にズバリ言い当てられ頭に雷が落ちたようでした。「この先生に習いたい! 習わなければ!!」と強く思って船本先生の教室へ通い始めて、もうすぐ丸2年になります。仕事は1ヶ月後に辞めました。今思えば唐突で職場の人にも迷惑を掛けたかもしれませんが、とにかくヨガ教室に通いたい一心でした。
教室で「自分の身体を見つめる。自分を知る」ことの大切さを知りました。私は学生のころにハンドボールでひざの靭帯を痛め、ちょっとしたことで“ひざ崩れ”を起こします。それは突然で、寝返りや立ち上がる時になることもあります。ヨガを始めて頻繁にはなくなりましたが、忘れもしません、竹原でのTRY合宿。大事な昇段審査の前、レオタードに着替え、マットを敷き、体をほぐす緊張の時間…。ひざをねじった瞬間、ガクッ…、痛ぁ…。嫌な感触…。うわぁ~、なんで今なん? どうしよう…。隣の親友とパッと目が合い「えぇっ…!!外れたん?!」すぐに会長が来てくださり、ひざは無事はまりましたが…。仲間も「ガンバレ!」と肩を叩いてくれましたが、でも「なんでこんな時に…」と悔しいやら、悲しいやらで涙があふれ、前が見えないままのスリアナマスカル…。忘れられない昇段審査です。
合宿の2週間前には、小2と小4の息子たちが順番にインフルエンザA型にかかり、教室へも10日ほど通えませんでした。「うつらないといいけど」と先生に心配されるも、私は無傷(笑)。きっとヨガで免疫力が高まっていたからだ!と思っています。
我が子たちに「怒っとるお母さんは嫌だけど、笑っとるお母さんは大好き」と言われます。人からも「いつもニコニコしとるよね!」と言われることも多くなりました。確かにヨガを始めて体の変化もさることながら、心も穏やかになってきたように思います。
以前、ノートに書き留めた素敵な言葉があります。『自分の体やこれまでに作り上げた人間関係。内面の精神性なども大切なあなたの財産。より確かに成長させるために共通することは、面倒と思わずに努力すること、結果が出なくても焦らないこと。』私は私でいいんだ。前を向いて一歩一歩進もう。
「ヨガは人と比べてはいけません。自分に問いかけて、自分自身を見つめてください」と船本先生もいつもおっしゃいます。「心と体はつながっている」から心がほぐれれば体もほぐれ、心が硬くなれば体も硬くなる。知れば知るほどに奥が深いですね。私のヨガ人生はまだ踏み出したばかり。「力を抜いて、自分らしく。」これからも、もっともっと沢山学んで吸収していきたいです。
温かく見守ってくださる船本先生に感謝。先生方、親友や仲間との出会いに感謝。理解して快く協力してくれる家族に感謝。そして教室に通える私自身と家族の健康に感謝(ひざの機嫌も伺いつつ…笑)。
この原稿を書いている目の前で、宿題がなかなか終わらない次男。「遊ばんと集中してやりんさい!!」と怒る前に、フゥ~っと深呼吸ですよね?!先生。人生まだまだ勉強の途中です(笑)。

 

2009年度・優秀賞
なんとなくから始まって

近畿中央支部 柴田 佐津代さん

私はなんとなく体調が悪く、なんとなく近所のヨガ教室に通っていました。流行りのヨガでちょっと体にいいことをしようかな…という程度でした。それも私の姉が健康ヨガを習っていたので、誘われるまま、いつものようになんとなく健康ヨガ教室の体験レッスンを受けることにしました。
ビックリしたのは、生徒さんの年齢層の高さです。多分、いや絶対、私がのぞいたヨガ教室の中で一番、年齢層は高いです。でももっと驚いたのは、その人たちの柔軟で強じんな体です。話を聞いていると、多くの方が10年20年単位で続けておられるとのこと。《継続は力なり》を見せつけられたのです。この強烈なインパクトで私はいつもの「なんとなく」ではなく、意志を持って決まった時間に週一回、健康ヨガ教室に通うようになりました。それからもうすぐ2年になります。
成果は、寝込むような風邪を引かなくなった、姿勢が良くなった、パンツの丈が短くなったのは脚の腱が伸びたせい? 普通の人と比べればレベルは低いですが、いつも目の下にクマを作って、夕方にはしんどくなっていた私からすると健康になったと言っていいと思います。健康になると、お肌もしっとりするというオマケまで付くのですね!
不健康の原因は運動不足、食べすぎ、冷えという考えには共感を覚え、『ヨガ健康法とは』を読むようになりました。 第1章の表題の項にある「むしろ聞け、同胞よ、健康な肉体の声を!」は、先生がいつも仰っている「ただ漫然と首を回すだけでなく、今日は引きつるところはないか、ピキピキいうところはないか違いを感じなさい」ということではないでしょうか!? それまでの私は体がいろんなメッセージを発しているのに感じても、気付いてもいなかったのです。ほぐしをするときは、今はとにかく体のメッセージを受け取る努力をしています。
教室でペアを組むときも、人それぞれに筋肉の付き方や硬さの違いがあり、ほとんどの人が左右の動きや柔軟性に差があるのを気付くなど、面白いです。ふだんは人の体を触るチャンスはないので良い経験になります。
「個性美学」理論もあり、健康ヨガの奥深さを実感します。顔もただ在るのではなく、メッセージを発しているなんて…。性格や健康のことが顔に出てくるなんて、興味深いです。人の顔が左右対称ではないのは知っていました。でも、気にして人の顔を観察してみると、今まで思っていた以上に鼻の穴の大きさや形が違ったり、同じ人でも時によって違ったり、とても面白いです。もっと、勉強したいです。
テレビを見ていても、顔はもとより死体役の足の指先が異常に外向きだったら、骨盤が開いているのかしら?なんて、ストーリーと関係ないことが気になります。
先生や教室の方と年齢の壁を越えて話をする事ができるのも楽しみの一つです。同年代間の話では知ることができないことを数多く教えていただきます。
「なんとなく」から始まって、こんなに世界が広がろうとは思いもしませんでした。わたしも健康ヨガ10年20年選手になって、与えられる側ではなく与える人になれるよう努力していきたいと思います。

 

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