国際ヨガ協会

ヨガエッセイコンクール 2008年度 入賞作

2008年度・最優秀賞(Ⅰ)
介護を受けないためのヨガ、心を開くヨガ

大阪・天王寺学園 谷口英幸さん(学園長)

今回のお話しは、私が昨年の7月から指導に行き始めた施設でのことです。
まずその施設ですが、「介護を受けないためにスポーツで身体を鍛えよう」がテーマになっていて、利用者は要支援1と2の方が対象です。高齢の方、脳梗塞、高次脳機能障害、パーキンソンなどで少し障害のある方々です。一日に3時間程度を週2回、自転車こぎ、ウォーキングなどの筋肉トレーニングと、太極拳、フラダンスや、私が担当しているヨガなどのプログラムが組まれています。
開所の際にお話しをさせていただきました。
「ここは、デイケアセンターのような感じもしますが、今までの概念とは全く違う所です。ここにおられる方は、高齢や少し障害を理由に家に閉じこもりがちの方がほとんどでしょう。ここでは、身体を動かし筋力の強化をして、できるだけ介護を受けなくても良いようにし ようというのが目的です。ですから、従来のデイケアセンターのように、預けられているという考えは止めてください。ここに来るのは自分が楽しく変わるためだとお考えください。また、新たな出合いの場と思ってください。みんなが元気になってゆく、利用者の方は勿論のことスタッフも楽しくなる空間にしていきたいと思っています。(ご挨拶の一部)」
ここでのヨガは、始めの30分間をイスに座っておこない、少し休憩をはさんで、15分間をマットとイスのどちらかを選択して続けます。深い呼吸を身につけて頂くために、まず、息を吐き出すことから練習します。残さず吐くために、声を出してゆっくりと吐く、始めに「あ」、続いて「う」最後に「ん」と3回おこない、その後、合掌から始めていきます。開脚、前屈、側屈などいろいろと動きをし、最後に3~5分程度の瞑想です。瞑想では、始めの頃は「深い呼吸をしながら、子供の頃の楽しかったことを思い浮かべましょう」とか、「今年になって一番嬉しかったことを…」といった具合でしたが、最近では、「深い呼吸をしながら、いま身体の中で一番痛い所、辛い所、だるい所へと意識を向けましょう」という具合にしています。
開所当時から来られているKさんは60歳位の男性で、脳梗塞で左半身の動きがかなり悪く、表情も硬く、スタッフとの会話も殆どありませんでした。初めにお尋ねしたのが「左手はどれぐらい上がりますか?」です。「はい、ここまでしか上がりません」との答えが返ってきました(9割以上の方が同様の答えです)。
「ここまでしか“上がらない”のではなく、ここまで“上がる”のだと、意識を変えてください。すると少しずつ変化していきますよ。まずは肩をゆっくりと呼吸で動かしましょう。吸って上げる、吐いて降ろす…」と10分ほど呼吸に合わせて動かして頂いただけで左手の動く角度が5度ほど変わったのです。すると今まで硬かった表情がほんの少しゆるみました。その日は個人的にはそこまでで、みんなでヨガ。次の週にセンターに行くと、ドアが開くなりK氏が私に向けて笑顔で会釈。それを見ていたスタッフも驚きでした。そばに行くと、「ありがとうございました。実のところ、完全にあきらめていました。病院でのリハビリも余り効果がなく、このままの状態で終わりなんだと思っていました。ここに来たのもそれほど期待していなかったのです。それが、わずか10分で変化したのですから、もう少しマシになるのではと、考え方を変えたら気持ちも少し軽くなりました。今日、ここに来るのも気持ち良く来られました。先生、まだまだ良くなりますか?」との気持ちの変化を話されました。
私は、「必ず良くなりますよ。完全に元には戻らないけれど、かなり動くようになりますよ。気持ちの持ちようでどんどんと変化します。意識化が大切なのですよ」とお答えしました。それからのK氏は、以前とは全く別人のように周りの利用者とよく話されるようになりましたし、他のプログラムにも挑戦されるようになりました。
3ヶ月ぐらいしたある日、16人でイスでのヨガをしていました。いろいろな動きの後、深い呼吸とともに身体への意識化を「身体の中で一番 気になるところ、痛い所、辛い所、だるい所にしっかりと意識を持って深い呼吸をしましょう」とリードして5分間の瞑想。終えたら合掌し、その手を天に向かって上げてゆきます。すると、左の指先はまだ曲がってはいるものの、K氏の両手が天井に向かって真っ直ぐ上がっているのです。私は鳥肌が立ちました。思わず「すごい、Kさんすごいですよ!」と声に出ました。皆も注目、そしてア然として「なんで上がったのですか?」と本人もビックリされています。「私が魔法をかけたからです、というのは冗談ですが、いろんなほぐしの後、あなたの意識がそうさせたのです。ヨガはポーズの完成度は二の次で、心の変化、特に内面の強化を目的としているのですから、心を変える意識が大切なのですよ。Kさん、あなたはもっと変化しますよ。肉体の緊張と緩和を繰り返し、自分の身体の内側に意識を持ってください。これからが楽しみです」とお答えしました。もちろん、いろんな筋肉を動かしたことも要因ではありますが、動くと信じたことの力がそうさせたのだと思っています。
Kさん以外の利用者の方も、どんどんと変化しています。マットに寝転がっても起きあがれない方も、「揃えたひざを曲げ、胸に引き寄せてから、ゴロンと横に、反対の手をついて、頭を最後に起きあがりましょう」と指導すると、殆どの方が起きあがれるようにもなりました。心に響くヨガは高齢者、障害者の身体をどんどん変えていきます。
社会が高齢化している中で、求められる仕事です。私たち指導者が多くの人の心を開いていかなければと考えています。

 

2008年度・最優秀賞(Ⅱ)
続ける意義・続けられる意義

大分西支部 河野祥子さん

2007年のフェスティバル会場に降り立った私は、完全に物見遊山だった。諏訪の名所へ行き、酒蔵を訪ね、「ちょっと緊張するなあ」とだけ思いながらコンテストと審査に挑んだ。
3年前の私からは想像もつかない。

ヨガを始める前の私は、2度もぎっくり腰になり、職場で掃除機をかけるだけで整骨院に駆け込まなければ次の日の勤務ができなかった。実は高校時代にひざの靱帯を切り、それでも無理やりに続けていたバレーボールで自ら追い討ちをかけて、試合どころか練習にも支障をきたしてやめてしまっていた。けれど体を動かす手段をバレーボール以外に知らなかったし、知るつもりもないまま、ひざをかばいながら友人にも指摘されるような歩き方をしているうちに腰痛を抱えるようになってしまっていた。
いま思えば、腰が悪いときの自分の精神状態はあまりいいものではなかった。何をするにも時間がかかり、そんな自分にイラつき、そしてこんなに腰の悪い自分に何をさせるのかと周囲を心の中で責めた。本当に面倒くさい女だった。それでも、整骨院に通いながらこのまま痛みを緩和してもらっても、年をとって筋力が弱くなったらひどくなるだけではないかということにようやく思い至った私は、重い腰を上げバレーボール以外のいわゆる「軽い運動」を探し始めたのだ。
最初は半信半疑だった。仕事が忙しいと言っては休み、友人以外とは打ち解けようとせず、終わればさっさと帰った。それでも何もしないよりはいいだろうとだらだらと続けていた。
しかしある日何かが違うことに気付いた。一日が長いのだ。腰痛に費やしている時間が丸ごと消えていた。普通はいいことだと思うだろう。だが私は当惑した。なにしろ一日が終わらない。今までなら少しの動きでいちいちぐったりしながら横たわっていたが、全くその必要がない。一日の用事がすぐ済んでしまう。腰痛を嘆く時間ももちろん不要だ。…いったい今まで私は何をしていたのだろう? 己の不幸を嘆くことを娯楽にして、何もしていなかったのだ。恥かしかった。
そんな中フェスティバルへ参加しないかと声をかけていただいた。楽しいことがたくさんあると。何もすることがなかった私は飛びついた。それからはレオタードを用意し、休みを確保し、まだ見ぬ「何か楽しいこと」に向けて期待を膨らませていた。フェスティバルは本当に楽しいことばかりだった。さまざまな講座、よその教室の方々との話、久しぶりの団体行動。買い物なんかもしてみたりして。しかしその中でもとりわけ楽しかったのはコンテストだった。私よりもはるかに若く初々しい方たちから人生の先輩までたくさんの方々が背筋を伸ばし誇らしげにポーズをとっていた。そのとき唐突に思った。私はヨガをやめなくていいのだ。
私は今でもバレーボールが好きだ。小学生から始めてずっとスポーツといえばバレーだった。観戦になれば熱くなるし、全日本の選手にも思い入れをしてしまう。だがどうしても年齢による縛り、怪我による困難が待っている。勝敗を問うスポーツである以上、いずれはやめねばならない。自分が続けたいと思うところとパフォーマンスの低下のぎりぎりのところを見極めて綺麗に身を引かねばならない。これは他のスポーツでも多く見られるところだろう。
だがヨガは自分との対話だ。そのときの自分のできることを問えばいい。
私はヨガを「引退」しなくてもいいのだ。嬉しかった。いつの間にか嬉しくなるほどヨガを好きになっていた。

時折職場のおじさんなどから「何か楽しいことは無い?」と聞かれることがある。私が楽しそうに見えるのだろう。だが私は「私が楽しいことが○○さんに楽しいかはわかりませんよ」と笑顔で答えることにしている。本当にそう思うからだ。ヨガを続けられる。こんな楽しいことがあろうか。
こんな私にヨガを根気よく続けさせてくれた先生、教室の仲間、仕事を早く終わらせてくれようとする同僚、全てに感謝を捧げながら末永く自分にできるヨガを続けたいと願っている。

 

2008年度・優秀賞
ヨガに出会えて10年

栃木中央支部 高林フテさん(トレーナー)

大粒の涙が止まらない。ぼろぼろ出る涙。不安で残念で、どうしてと後悔の念。兄弟や子供たちに「私、癌なの」と泣きながらの電話。勤務先へもこの間の検診で癌が見つかったのと泣きながらの電話。不安でしようがなかった。そのとき皆からの励ましの声。「大丈夫よ、ちょっと体を休めなという神様からの声よ。ゆっくり休んで元気になってまた来てね。」また「私の兄は胃がなくなっても十年も元気で張り切っているよ」と。あふれ出る涙は止まった。皆が私を応援してくれている。「お母さんが入院している間も、心配しないで治すことだけ考えて」と、子供たちも夫も励ましてくれた…。
一度は奈落の底につき落とされた私でしたが、皆の優しさに触れ、入院するときは“まな板の鯉”になって検査の日々。検査、絶食また検査、12日間で本当の病人になってしまいました。手術を迎えて胃を3分の2切除。鳩尾からおへその横までの開腹手術でした。36日間点滴だけの飲まず食わずの生活。傷口を押さえ、腰を丸めての姿勢、52歳で腰は曲がり、お尻のホッペはなくなり、退院しても家事をするのも一日がかり。食事をすればひと休み、洗濯してはひと休み、掃除をかければひと休み、その間に一食。家事と食べることが私のリハビリでした。
1年半くらい過ぎた頃、近所のお友達から「ヨガは病後でも大丈夫」と先生にお聞きしたので行ってみない?と誘っていただき、その教室が益子先生と長嶋先生の教室でした。「この寒い時期から始めるなんて、エライわね。」「疲れたら休んでいてもいいし、皆さんを見ていてもいい」と優しく迎い入れてくれたヨガとの出会いでした。
はじめのうちは、腰や太腿、股関節などの筋肉痛がひどかったです。そのうち週に一度、先生や皆さんとお会いするのが楽しくなってきました。2、3年過ぎたころ、初めての〔ヨガアサナ実践会〕に出席。私たちの教室全員で『見上げてご覧夜の星を』のミュージックヨガを披露することになり、初めてのステージ。それから初級の昇段審査。軽い気持ちでの参加でしたが特別賞の〔谷村靖子賞〕を頂いたのです。いま考えるとそれが励みにもなったのかも知れません。
「ヨガフェスティバルに行きませんか?」と益子先生が声をかけてくださいました。大病してからの初めての旅でした。先輩や先生方のお世話になって熱海へ連れて行っていただきました。ミュージックヨガコンテストで『見上げてご覧夜の星を』を発表した支部が賞をいただき、楽しくて元気が出ました。
というわけで、〔国際ヨガフェスティバル〕は私の毎年の恒例行事。アサナコンテスト、ミュージックヨガコンテスト、分科会、体験など、ヨガ三昧の〔国際ヨガフェスティバル〕。いつの間にか風邪ひとつひかず、曲った腰も伸び、心も前向きになって今では老後の生き甲斐まで見つけて、少しずつ生徒さんの前に立ち、教えて頂いたヨガを伝えていける楽しい張りのある生活を過ごさせていただいております。
ヨガとの出会いは心も体も私を丸ごと救ってくださいました。大病したのは辛かったけれど、沢山のことを教えてもらいました。励ましながら見てくださった周りの先生方の優しさ。ヨガと御縁を結んでくださったお友達。誘ってくださって本当にありがとうございます。奥が深い協会の教えを基に、ひとり一人を大切に一人でも多くの人と御縁を頂き、ヨガ人生を歩んでいきたいと思っています。十年目の節目に感謝の気持ちでいっぱいです。       

 

2008年度・優秀賞
夫婦ヨガ

東広島支部 大滝さやかさん

私がヨガを始めて3年と少し。週に一度ヨガ教室に通わなくてはシャキっとしないと感じられる体になってきました。
最初のうちは「なぜ皆、お金を払ってまで実践会などに行くのだろうか?」と、正直そこまでヨガに対する思い入れもありませんでした。体の変化が現れ出してからやっと実践会へ…。「なんかヨガの世界にはすごいパワーがあるかも」と感じ初めました。続けていると欲がでるもので、「クジャクやハト、カメ、二点倒立など、もっと難しいポーズを!!」と日々チャレンジするようになったのです。できないポーズがチョットずつ完成されていく楽しみ、分かりますよね?! 皆さんにも褒めてもらって単純に有頂天になっていました。
ところが最近、私にライバルが出現したのです!! もちろん、こっちが勝手にライバルにしているのですが(笑)。なんと主人は私が3年かけて作ってきたポーズをたった3カ月でやってしまうじゃないですかぁ!!  驚きと同時に「え~っつ!! 私、今まで一生懸命がんばってやっとできたポーズなのにぃ!!(泣)」と嘆きました。
「人と比べてなくていいですからね」と先生に言われても、やっぱり悔しい…(泣)。私にはできないクジャクのポーズや二点倒立ができるようになり、追い抜かされていくのを日々感じました。そんな思いがたたってか、実践会の直前に太ももへの痛み! 「なんでこんな時に!!」と思いつつ昇段試験に挑みました。
昇段試験のあと岩佐先生は、こうおっしゃっていました。「ポーズができなくても、体を歪めずに、正しいポーズを行うべきです。」
あぁ、なんか私に言われている気がする…。分かってはいたけど、気持ちばかり先走りしすぎて、本当に正しいポーズができていたかなぁ~?!
釣り針のポーズの時、腰はちゃんと正面を向いていた?
前屈のポーズの時、ひざ裏はちゃんと付いていた?
倒立の時、反り過ぎていなかった?などという疑問が頭をダーダー駆け巡りました。
「ヨガをして体の調子が逆に悪くなったということがあっては残念ですからね。」「頑張ってはいけません」とも、おっしゃっていました。時間をかけず、強引に体を動かしていたのでは当たり前ですが、逆効果なんですよね?! こうなれば、ただの「拷問」です。あさはかな私(泣)。反省すると同時に、なんだか気が楽になっていく気がしました…。
昇段試験には無事、合格していました。いっぽう今も主人には、ドンドン追い越されています。でも、いつも家族の事を考えてくれる優しい主人が成長して、ヨガが上手になっていくのを見るのは、自分より嬉しいものです。
「人と比較しないのが、ヨガのいい所。」自分に甘えるでもなく、老若男女、自分のできる範囲で取り組めるヨガ。「先生みたいに、ステキなヨガの先生に早くなれたらなぁ」とは思っていましたが、今の自分の仕事や生活も大事だし、「早く」という文字を取ることにします。ヨガのおかげで夫婦円満ですし、夫婦でヨガという共通のものに関われるだけで十分幸せです♪
「もっと『わたし』らしく、ゆっくりと、ゆったりと、ヨガに取り組んでいこう」と思います。

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