国際ヨガ協会

ヨガエッセイコンクール 2005年度 入賞作

2005年度・最優秀賞
縁(えにし)

大分西学園 寺田摩綾さん

なんでこんなに息苦しいのだろう。まぶたが痙攣して、手がしびれる…。最初は中学2年生の時だった。体育祭の練習中、保健室に行きそのまま病院に運ばれ た。「過呼吸症候群」と診断され、点滴を受けた。その後も何度か病院に運ばれたが、風邪もめったにひかない健康優良児の自分に、何がおこっているのか理解 できなかった。
当時、「何でもできる頑張り屋さん」と周りから言われ、それが自分だと思っていた。「頑張りすぎから過呼吸になっていた」と言われても、いまいち自分をコントロールできずにいた。
高校に進学して環境が変わったら、前ほど気負わなくなり、過呼吸もほとんど出なくなった。そのことを忘れて日々を送ったが、大学院2年の時にあの悪夢が また襲ってきた。論文が思うようにまとまらず、このまま研究を終えていいのか、もし終えたとして、将来どうしていこうか、と不安になり過呼吸が再発した。 以前ほどパニックにはならなかったが、「人よりたくさん勉強させてもらっているのだから、ちゃんと成果をださなくては。でもどうしよう。頑張らなきゃ」と いう葛藤からは抜け出せなかった。そのうち大学に行きたくなくなり、挙句の果てには、一緒に住んでいた弟にも会いたくなくなって、対人恐怖症のようになっ てしまった。
人に会って話をするのが大好きな私が誰とも会いたくないと思うなんて、今思うと信じられないが、その時はそうだった。しかもその頃の3ヶ月間、何をして いたのかあまり記憶がない。カウンセリングを受けた時は、うつ状態から抜けだしかけていたが、どうやって立ち直ったかも定かではない。ただ弟が理解してく れてそっとしておいてくれた、その優しさをうっすら覚えている。元々とても優しいのだが、何も言わずご飯を作ってくれたり、私の好きな食べ物を買っておい てくれた。「このままじゃいけない」と思えたのも弟のお蔭かもしれない。親は、「あんたが病気になんて、なるワケないでしょ」と言う。他の人にもそう見え る。いい子でいなければ、と知らず知らず無理していた。「本当はそうじゃないのに」と言えず、きつかった。弱い面も分かって欲しかった。

数年が経ち、弟が中心で「あることを始めるから手伝って欲しい」と言われ、受けた。大分県の国東半島は、仏の里と呼ばれる程仏教が盛んである。私たちは 仏教にご縁があり、仏様のご飯をいただいて大きくなった。この国東で伝授されている十数年に一度の修行、「峰入り」に、弟と共に二度、参加できる機会に恵 まれた。この行は、国東に寺院を持つ僧侶が一生に一度は行わなければならない苦行で、山野、里を4日間で200キロ、あちこちの神仏に経を唱えながら歩く 行である。この行を二度満行し、たくさんのことを学んだ。
私たち姉弟がこの行を満行したのを知っていた信者さんが、「行者の歩いた道、全く同じ行程でなくても近い道を歩きたい」と申し出てきた。そこから新しい ご縁が生まれて、弟を中心に「峰道を歩く会」ができ、期間を決めず何回にも分けて少しずつ歩くことになった。行とは違う拝礼だが、行者の思いを体感する目 的で、15名ばかりの人数を2人で先導するのに何度も何度も下調べをして歩き、そこでまた新たなご縁が生まれた。
歩く会のメンバーは初めて会う人が殆どだった。「この人達のパワーはどこから来るのだろう。」 最初の印象である。メンバーの大半は“ヨガつながり”だと聞いた。その中に、メンバーを導いた先生がいた。ヨガに興味はあったものの、今まで書物でしか知 らず、実際に指導に携る人に会ったのは初めてだった。
私の環境からヨガとは、仏教の喩伽行者から聞くインド僧の修行の一つだというものである。その中で、宙に浮いたり、ありえない体勢だったり写真で、自分とはかけ離れた、到底できない苦行という感じでとらえていた。
ヨガが何を修行させてくれるのだろう・・・この疑問が頭をよぎった。仏教を勉強しているだけでは決してわからない精神世界が広がっているかもしれない。ヨガが、私の中の仏教にどう介入してくるのだろうか。また、興味が膨らんだ。
一日、二日と歩く会の行動を共にして、まず、感受性が豊かなこと、物事に素直に感謝できることが素晴らしいと思った。仏教を学ぶ上でもそうだが、物事を 違う角度から見ることの難しさ、そして大切さを知ったので、十年いた東京を後にし、大分へ戻ることを決めた時に、ヨガという私には未知の世界の扉をたたい てみようと思った。
峰入りの行中、山野を歩きながら自然の素晴らしさに感謝し、パワーをもらう。それを自分の方法で自分の中に受け取る。この何とも言えない気分に似たもの を、ヨガのレッスン中に感じ、不思議な気分になった。 また、ヨガを「動禅」と呼ばれることを知って納得した。座禅止観で行われる数息観はヨガの呼吸法と同じで、身口意のバランスが悪ければ、何をしてもうまく いかない。動作のひとつ一つに意味があり、決して無駄なことはないと感じた。
自分が充実していないと、人にも優しくなれないし、何をやっても不満が残ってしまう。「充実」を作り出すこと。ヨガにはこの力があると思う。
毎日の生活に振り回されて、自分と言うものを見失いがちになる。今、音のない空間~いわゆる人工的な音がない空間、水や木々など、自然の音しか聞こえな い空間は少ない。人々が癒しを求めて各地に行くのは、人間に本来必要なものを体が探しているように思える。しかし逃避はそんなにできないのが現実である。 だが、ヨガを始めて、その空間は自分でも作りだせると感じた。
心と体のバランスがよければ、自分の中にその世界が広がる。世界が広がる事によって視野も広がり、自信が生まれ、生き生きと日々の生活が送れると思う。世界が明るくなった感じさえする。
かつて、私の身に起った過呼吸や心の病気は、心と体のバランスが悪かったのだと思う。自分でコントロールできないまでになっていた。もし、ヨガに出会っ てなければ、世間と自分との間のギャップを埋められず、色々な意味でも人を傷つけてしまったかもしれない。でもこれから起こらないとも限らない。今までは 治療で、これからは予防だと思っている。

私はヨガを通じ、色んな人に出会い、今までにないたくさんのことを学んでいる。書物の上での仏教と実践でのヨガ、経験して初めてわかったことは、何も考 えずにただ日々を送っていたら気付かなかったことが多いだろう。私のこのきつい体験も成長するため、ヨガという存在に気付くためのステップで、無駄ではな かったと思う。ヨガは私にたくさんのことを与えてくれるが、いつかは私も教えてくれた先生のように、与えられるきっかけになりたいと思う。

今回、仏教パワー満ち溢れる奈良でヨガを勉強できることが、この上なく嬉しい。ヨガとの出会い、先生との出会い、そして、たくさんの人との出会い。私の 人生を豊かにしてくれる、みんなが豊かな気持になれる、そんなパワー溢れる人を目指して、精進していきたいと思っている。

2005年度・優秀賞
シルシのポーズ

神奈川・さがみの支部 尾崎美代子さん

昇段審査を3週間後に控え、できる気配すら感じられない状態でいました。毎日の体ほぐしの後、[シルシのポーズ]の始めの構えを試みますが、恐怖心で頭 がクラクラし、終了。子どもの頃から逆さまになることに対する恐怖心と、目眩を起こし気分が悪くなるという体験から逆立ちは一度もできたことがなく、その 記憶に心身が拒否反応を起こしていたのです。こんな状態でいつできるようになれるのか…。途方に暮れる思いでした。
今回は見送ってまたの機会に、と心の中で逃げ道をつくりはじめ頃、「大丈夫よ。いざという時は火事場の馬鹿力がでるわよ!」と、長田先生は何の疑いもな い確信に満ちた素敵な笑顔で言い切られました。その言霊に背中を後押しされる思いで勇気付けられ、自分を信じてできるところまでしてみようと思いました。
まずは恐怖心の根を意識化し、[シルシのポーズ]は3ヶ所の重点を正しく見つければ必ずできるポーズで、けっして恐くないと自分に言い聞かせました。そ して、眼が回らないよう眼を閉じ、まずは脚を上げる前の姿勢までに挑戦しました。転んでもいいようにヨガマットに薄い毛布を敷き、1回試すごとに5分程休 憩しながら探りました。
おこなうたびに目眩は薄れ、3日後、5回に一度くらい見えない力がそっと引き上げてくれるような不思議な感覚で、脚が自然に持ち上げる体験をしました。
できた時の気持ち良さと、嬉しさ、感動で、恐怖心が薄れてきました。3日後には脚を上げる前までできるようになり、あとは脚を持ち上げられれば。ところ が何度いっても脚が斜めに上がるようで、途中までしか上がりません。どうしたら真っ直ぐ上がるのか、何が違うのか…。審査まであと10日という時、幸運に も長田先生、小堀先生にご指導頂くことができました。
「背中をしっかり広げ、両手を軽く組み、両腕を八の字よりやや平行に床に着ける時、ひじが内側に向って力がかかるよう、中心を床に着けた頭をはさむよう に。身体が“へ”の字で両足が床に着いている状態から、息を吐きながら丹田に意識を持ちつつ、両足を少しずつ顔の方に自然に足が浮くまで近づけ、脚を曲 げ、持ち上げたら前でしっかりキープし、丹田を意識をしてゆっくり脚を引き上げていく。」
私は両腕、ひじにかかる力が外側に向っており、組んだ両手に力が入って不安定でした。丹田へ意識も弱く、キープがしっかりできない状態から脚を無理に持 ち上げようとしていました。そして3ヶ所の重点は無論、呼吸と意識の置き場のバランスも大切なのだと身体で理解し始めました。丹田に意識を持ち過ぎて不自 然に力を入れると脚が重くて上がりませんし、弱くても途中までしか上がりません。その加減が徐々に感覚としてつかめるようになり、心身の感覚にも変化を感 じた頃、脚を一瞬上げることができたのです。
その瞬間、本当に自分で自分にびっくりし、“自身”“自心”の世界が広がった感動がありました。この気持ちを体験できたことに感謝し、大切にして行きたいと思います。
いつも誠意あるご指導をくださり、あきらめかけている方のために体験談を話しては?と、エッセイに応募するきっかけをつくってくださった先生に心より感謝致します。そして共に練習をさせて頂いた小島さん、教室の皆さん、ほんとうにありがとうございます。

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