国際ヨガ協会

ヨガエッセイコンクール 2002年度 入賞作

2002年度・最優秀賞
ヨガ教室に通ってかわったこと

山形中央支部 西上紀江子さん

15年ほど前イギリスで仕事をしていたとき、週一回のヨガ教室に通った。なぜヨガを選んだのか、今となっては定かではない。たぶん、体を動かすのが好き だったことと、身体は柔らかいほうだという多少の自負があったからだろう。その教室が何という流派だったか、気にしたこともなければ、聞いたこともない。 とにかく瞑想に始まり瞑想に終わるヨガだった。 帰国して数年後、夫の転勤で山形に来た。1歳と3歳の子を抱え、どこか子連れで通えるところがないか捜していたとき、近所の人がヨガ教室を紹介してくれ た。ここで阿部有子先生に出会い、三番目の子を授かった。 あれから8年あまり。続いた、というより続けてきた。ヨガをすると気分がよいことは確かだが、それだけでは続かない。昼に行けないときは夜のコースに行く こともあった。子供が小さいときは、夫の不満を背にそっと教室へ足を運んだ。そのたびにヨガと自分について考えた。年をとって病院にかけるお金と時間を、 今ヨガにかけておくのだ。そう夫には言ってきたが、いつのころからかヨガは人生そのものだと思うようになった。いくつかの体験が、ヨガに対する思いをさら に深くし、また継続の原動力にもなっている。
最初の体験は数年前、千葉県九十九里浜で開催された[ヨガフェスティバル]にはじめて参加したときのこと。夜の瞑想も早朝ヨガも何もかもが初めてで新鮮 だったなかで、とりわけ鮮烈だったのは朝日を拝みながら床に身を横たえたときのからだが宇宙の空間に浮いているような感覚である。そして、わたしの体が浮 いていることを驚きを持って眺めているもう一人のわたしがいた。
第二は、それより時間は前だったかもしれない。実践会で昇段試験を受けるためいつもより集中して教室に通っていた。そのときこだわりを持って練習してい たのが[シルシ]のポーズ。これだけは一生私にはできないという自慢にも何にもならない自信と予感を持っていた。 
ところが、試験の前日何度かやっているうちにあがったのである。私の足が宙に浮き、まっすぐ上に…手を叩いて躍りあがりたいような、何とも言えない喜 び。こんな喜びは中学生の部活で勝ったとき以来味わったことがない。人は気持ちを持ち続ければ生きている限り前進できるという感動的な自信を得た。日々の 練習で先生がおっしゃる「意識のもっていきどころ」を意識することこそが、自分の体を少しずつ変えていくのだと思うようになった。
解剖学者の養老孟司が書いている。「脳は身体に自分の言うことを聞かせようとします。それは脳のわがままですよ。…自殺する場合には、『おまえは死んだ 方がマシだ』と言っているわけでしょう。それは脳が威張っているということです。…たまには身体に聞いてみないといけませんね。…脳から入って身体から出 るというループを作ることが大切なんです。」それまでも私は人と交わることが嫌いではないので、多くの人と接点を持ってきたつもりだが、徐々に自分の身体 と対話することを心がけるようになった。
今年は、ヨガ8年目。小学校の息子が昨年からサッカーを始めたのだが、試合を見て彼の身体の左右のバランスの悪さにショックを受けた。危機感を持って息 子にヨガを勧めたところ、自分でも思い当たるところがあったのか、暮れから通い始め、この頃では「僕、股関節が硬いんだ」「ヨガって体をほぐすのかと思っ たら、筋肉もつけるんだね」「いちいち『息をはきながら…』とかいうのが苦手だ」などと、わたし自身よく考えたことがなく返事に詰まる質問も飛びだすよう になった。今年からは下の二人の娘も加わり、夫以外はみんなヨガの卵。お腹の中にいるときからヨガをしていた末娘が三人の中では一番身体が動くのも偶然で はないように思う。自分の身体を対象として見つめることと、痛みを感じて初めて意識するのとはまるで違う。しっかり自分を見つめていってほしいと願う毎日 である。
夜空を見あげながら宇宙の広さに思いをはせ、ヨガをしながら自分の中に広がる宇宙を意識する。夜空の宇宙は果てがないけれど、自分の身体の中の宇宙は底 が知れない。どちらも合理的に理解できるところと神秘的でどこまで行ってもわからないところがある。個性美学も含め、ヨガは人間の体に神が託した謎を解き 明かしていく道筋のように思われる。

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