国際ヨガ協会

ヨガエッセイコンクール 2001年度 入賞作

2001年度・最優秀賞
ヨガにつながる水泳の世界

長野中央支部 橋住さだ子さん

下の子が生まれてから始めた水泳は、ヨガとともに私の生涯の友と決めている。しかし子どもの頃から泳いでいる人たちとは違い、大人になってから泳ぎを覚 えることは、なかなか大変である。ある程度の泳ぐ力は、真正面に練習を重ねさえすれば身に付くものである。だが、それ以上の泳ぎを極めようとすると、それ なりの泳ぎと向かい合う姿勢が求められる。それは、体力や筋肉の向上の他に「考える力」が必要である。そこからヨガと水泳は全く異なる世界でありながら、 相つながるものも見えてくる。
その一つが「身体の力を抜く」ということ。単純に、速く泳ぐには力任せに泳げばいいかと思われるかもしれないが、ただ力を入れて泳いでも、身体と水とが 喧嘩をして逆に抵抗を生んでしまう。ところが人間の身体は力を入れるより、抜くことの方が難しくできている。それでなくても、ヨガの先生に「あなたはムキ になるタイプ」といわれている私にとって、これは大きな問題であった。最小のエネルギーで、最大の推進力を生み出すには、これは絶対的な課題であり、大袈 裟にいえば私の人生哲学につながっている。 
もうひとつが「気持ちがいいのか自分に問う 」ということ。先生に「自分の身体がどう感じるのか、気持ちがいいのか、痛いのか、どう変わったのか」とよ く聞かれる。同じように、泳ぎながら私は自分に問いかける。今の泳ぎは気持ちがいいのかと。気持ちのいい泳ぎとは、ただ単に楽な泳ぎというのではなく、水 の塊と塊の間に自分の身体がすーっと入っていき、水中に魂が解放されるような感覚である。この「気持ちよさ」を求めながら、「自分を見つめること」は大切 にしている二つの柱である。
最後の共通点は、ヨガも水泳も「仲間の存在の大きさ」というものがある。どちらもひとりでするものである。しかし仲間と一緒にやることで楽しさも増し、 また仲間から教えてもらうこともたくさんある。同じ動きをしても、人それぞれに響く場所が違う。つらく困っていた人が、しばらくして身体が楽になったりし た姿を見ると、みんな自分のことのように喜ぶ。ちょっと手を抜いて泳ごうかなと思っても、みんなでサークルの練習を始めて気が付くとその日のメニューを消 化していたりする。時には練習はさておきおしゃべりに盛り上がることもある。仲間がいるから楽しい。仲間がいるからこそ続けて来れたような気がする。 
泳ぎを始めてクロールからバタフライまで4泳法がなんとか泳げるようになった時、水泳をほぼ習得したと思った。しかしすぐにそれが間違いであることがわ かった。自分はまだ水泳の世界の入り口にいたのだ。軽い絶望感を味わいながら、一方で楽しみを見つけた水泳の世界、だからこそ一生かけて一つ一つの発見を 積み重ねていこうと。時間はたっぷりある。ヨガを極めているばずの先生ですら、常に何かを求めている。新しい発見がある。そんな姿を見ていると、人間は 「解る」ことより「解ろうとすること」が大切なのだと教えられる。
金曜日の夜、私たちはくぬぎ林の中にある集会所に集まってくる。一週間分の疲れでコチコチになった身体を引きずって。ここで身も心も軽くしてまたそれぞれの家路へ帰ってゆく。こんな生活を大切にしていきたい。

2001年度・優秀賞
ヨガ教室に通って変わったこと

福岡・小倉学園 前田彰子さん(助手)

小さい頃から丈夫な体だけが取り柄でしたが、肩凝り、偏頭痛、便秘、自律神経失調となにかしらと体の不調に悩まされて、運動をしなくてはと思い、好奇心 半分で公民館のヨガ教室に通い始めたのが20年以上前のこと。始めた頃は、ポーズはもちろん、呼吸も浅く体中が痛くて痛くて、「次はやめよう」と毎週稽古 のあと思いながらも、事務的に通っていたのでした。
主人の転勤に従い福岡へ。「やっとヨガと縁が切れた」とホッとしたのが本心でした。引っ越しの片付けもおわった頃、疲れで体が重く、だるくても「体を動かしたい」と感じていたのです。いやだと思っていたヨガの教室を探していたわけです。
それから16年、深呼吸、体の動かし方、修正法などを教えていただき、息を吐きながらのポーズは以前よりも楽にできるようになりました。少しできるよう になると、毎週教室に通うのも楽しくなってきました。今でも腰が弱く、前屈、反り系は大の苦手です。落ち込むこともしばしば。でも、ポーズはできなくても 「これが今の私です」と思える、言える、感じられる、これが大切なことだと気づきました。こんな風に私は変わってきました。何よりゆっくりゆっくり、急が なくていいのです。ポーズができなくても、呼吸を見つめ、今日の体を感じ、気の流れと自分の内面を見つめる。体が柔らかく、ほぐれてくると、頭も心も柔ら かくなり、人を思いやり、相手のことを理解しようと思え、人との和も広がります。それはスポーツでは味わえないものです。
体の調子も段々と良くなり、稽古のあとの清々しさを今は充分味わっています。何よりも嬉しいことは、主人から「ヨガを初めてずいぶん変わったネ」と喜ん でもらったことです。"自分に厳しく、人には優しく"と言う言葉がありますが、私は「自分に優しく、人にも優しく」と思っています。時には自分の体にも優 しくありたいと思います。
最近は、五十肩で手が後ろへ回りません。それでも、こんなに心も体も変われるヨガを多くの人へ伝えたいと思い指導者への道を目指しています。ヨガを始め た頃は自分が指導者になるなど思ってもいませんでした。ヨガを初めて、体が硬く、痛かった時のこと、柔らかくなってヨガが楽しくできるようになったこと を、私なりに伝えたいと思います。
まだまだ勉強する課題は沢山ありますが、「教えることは学ぶこと」と先生の助手として、これからもヨガを楽しみたいと思います。生徒さんの「気持ち良かった」の言葉を聞くのを楽しみにして…。

2001年度・優秀賞
ヨガ教室に通って変わったこと

北群馬支部 寺島照子さん

ちょうど5年前の頃です。とても素敵で、生き生きと過ごしている友人がヨガ教室へ通っていたことを知りました。実は私は体が固くて、ときどき腰痛や膝痛 を起こします。何ごとも経験だと思い、見学させて頂くことにしました。まず先生の笑顔に接し、形にとらわれず自分の体に応じて良いと分かり、入会しまし た。初日に、まず足の指を廻す、いとも簡単なことなのになぜか首の凝りもほぐれていくのが感じられ、驚きでした。
お教室へ通い、レッスンが済み帰る頃には、いつもリラックスしたとても良い気分となり、友人たちと足取りも軽く帰ります。また先生のお話しには引き込まれ てしまう程の魅力があり、ついポーズを休めて、聞き入ってしまう事もしばしばです。私は関節の変形もあり、ポーズの真似しかできませんが、それでも自分な りにいたしますと、ジワーとした体の中の動きを感じ、心と体が優しく認め合います。
心の緊張が体に影響することも教えて頂き、振り返って自分を見つめると、なるほどと思いました。体を痛めるのも自分ならば、体調を良くするのも自分なのです。長い間の生活習慣でなかったので、あせらずにヨガの習慣を身につけて、元気に過ごそうと思います。
現在は健康で、家族や、ヨガの友、また茶道の友人、家にお茶のお稽古に見えてくださる若い人たちと楽しく過ごしておりますが、私は今71才。いずれは体 調を崩すこともあると思います。しかし先生の「体に応じたので良い」のお言葉を忘れずに、いつも出来る範囲内で、充分体を動かして、優しい心で一日一日を 大切に過ごしたいと思います。
お蔭様でいつの間にか足の裏も柔らかくなり、腰痛もあまり起こさないようになり、風邪も引かなくなりました。そして空気の感覚とか大地を踏み締める感覚 など、昔の感覚を少し取りもどした様です。これからも健康でヨガのお教室の先生や皆さんと楽しく続けたいと思います。ヨガとの出会いを感謝します。

2001年度・最優秀賞
ヨガにつながる水泳の世界

長野中央支部 橋住さだ子さん

下の子が生まれてから始めた水泳は、ヨガとともに私の生涯の友と決めている。しかし子どもの頃から泳いでいる人たちとは違い、大人になってから泳ぎを覚 えることは、なかなか大変である。ある程度の泳ぐ力は、真正面に練習を重ねさえすれば身に付くものである。だが、それ以上の泳ぎを極めようとすると、それ なりの泳ぎと向かい合う姿勢が求められる。それは、体力や筋肉の向上の他に「考える力」が必要である。そこからヨガと水泳は全く異なる世界でありながら、 相つながるものも見えてくる。
その一つが「身体の力を抜く」ということ。単純に、速く泳ぐには力任せに泳げばいいかと思われるかもしれないが、ただ力を入れて泳いでも、身体と水とが 喧嘩をして逆に抵抗を生んでしまう。ところが人間の身体は力を入れるより、抜くことの方が難しくできている。それでなくても、ヨガの先生に「あなたはムキ になるタイプ」といわれている私にとって、これは大きな問題であった。最小のエネルギーで、最大の推進力を生み出すには、これは絶対的な課題であり、大袈 裟にいえば私の人生哲学につながっている。 
もうひとつが「気持ちがいいのか自分に問う 」ということ。先生に「自分の身体がどう感じるのか、気持ちがいいのか、痛いのか、どう変わったのか」とよ く聞かれる。同じように、泳ぎながら私は自分に問いかける。今の泳ぎは気持ちがいいのかと。気持ちのいい泳ぎとは、ただ単に楽な泳ぎというのではなく、水 の塊と塊の間に自分の身体がすーっと入っていき、水中に魂が解放されるような感覚である。この「気持ちよさ」を求めながら、「自分を見つめること」は大切 にしている二つの柱である。
最後の共通点は、ヨガも水泳も「仲間の存在の大きさ」というものがある。どちらもひとりでするものである。しかし仲間と一緒にやることで楽しさも増し、 また仲間から教えてもらうこともたくさんある。同じ動きをしても、人それぞれに響く場所が違う。つらく困っていた人が、しばらくして身体が楽になったりし た姿を見ると、みんな自分のことのように喜ぶ。ちょっと手を抜いて泳ごうかなと思っても、みんなでサークルの練習を始めて気が付くとその日のメニューを消 化していたりする。時には練習はさておきおしゃべりに盛り上がることもある。仲間がいるから楽しい。仲間がいるからこそ続けて来れたような気がする。 
泳ぎを始めてクロールからバタフライまで4泳法がなんとか泳げるようになった時、水泳をほぼ習得したと思った。しかしすぐにそれが間違いであることがわ かった。自分はまだ水泳の世界の入り口にいたのだ。軽い絶望感を味わいながら、一方で楽しみを見つけた水泳の世界、だからこそ一生かけて一つ一つの発見を 積み重ねていこうと。時間はたっぷりある。ヨガを極めているばずの先生ですら、常に何かを求めている。新しい発見がある。そんな姿を見ていると、人間は 「解る」ことより「解ろうとすること」が大切なのだと教えられる。
金曜日の夜、私たちはくぬぎ林の中にある集会所に集まってくる。一週間分の疲れでコチコチになった身体を引きずって。ここで身も心も軽くしてまたそれぞれの家路へ帰ってゆく。こんな生活を大切にしていきたい。

2001年度・優秀賞
アーチの夏

鹿児島中央支部 外舘朝子さん(助手)

2001年7月、いつものウォーキングでのこと。挨拶もそこそこに、「アーチができた」とはしゃぐ私をみて友人が言った。「青春ですね。」
アーチに取り組んだきかっけは、5月に行われた「ヨガアサナ実践会」でのデモンストレーションである。先生の網タイツの脚に、私の目は釘付けになった。 ピンと尖った膝、くっきりと浮き出た筋肉層。「これだ!」と思った。ヨガと出会って9年。自分なりに一生懸命取り組んで、からだは柔らかくなったものの活 力が足りないと常々感じていた。私に欠けていたもの、求めたもの、憧れているもの。全身から溢れるバイタリティー「できるようになりたい」と胸が高鳴っ た。
長い間、骨盤と脊椎の不調で苦しんできた私にとって、アーチは想像さえできなかったものだった。テキストをみると、「筋肉で持ち上げるのではなく、身体 の全面がしなやかに曲がるイメージを保ちながら静止します」と書いてある。それなら私にも望みがあるかもしれないと思った。準備を万全にすればきっとでき る。翌日からアーチへの挑戦が始まった。 
仰向けになって逆手をつき、ゆっくりと腰をあげる。しかし頭は床から離れそうもない。テキストとにらめっこしながらいろいろやってみた結果、問題点が二 つ浮かび上がった。一つ目は手首から二の腕、脇にかけての柔軟性が欠けていること、二つ目はふくらはぎからもも、おしりにかけての一連の筋肉が不足してい ることである。そこで、手首の対策としてはそこを重点的にストレッチすることを心掛け、脚の筋肉対策として軽い筋トレをしたり筋肉を意識しながら大股で ウォーキングしたりした。そしてアーチに臨む際には、まずアサナを一通りテキストの順番どおりにおこなった。全身がバランス良く整うようになっていると あったからである。頭をつけたまま、つま先で蹴りあげてみて力を伝える方向性を確かめたり、下半身全体がバネのように一体となって浮き上がる様をイメージ したりと、試行錯誤の日々は続いた。 
7月に入るころになると、自分でも体力がついてきたことを実感できるようになってきていた。そして、6日、今こそその時、ハァーッと息をはいて気合をこ めた次の瞬間、頭、が床から離れ、両手両足で自分の体を持ち上げることができた。ほんの数秒のことだったが、心臓がドキドキしたこと、「やったあ」という 喜び、充実感・・・今でも鮮やかに思い出すことができる。 
中間先生の脚に一目惚れしたその日、思いがけず賞を頂き、全国大会という目標ができた。決断力のない私が、即座に参加を決めた。私が「わたし」の為に一 泊旅行をするなんて初めてのことだ。ただ健康になりたい一心で取り組んできたことを認められ、評価されるということが、こんなに嬉しいなんて。意外だっ た。いつの間にかからだが整っていたのだと気づかされた。 
もっと嬉しいことに、8月に入って允許と共に届いた優待状には、「からだと心にすばらしいバランスと活力と平安を獲得しておられることを示されました」とあった。「平安という言葉に反応した。「平安がありますように」というのは私の魂の祈りだったからだ。
ヨガ教室に通って変わったことはいっぱいある。食生活を見直したこと、夏バテ知らずのからだになったこと、目標をもって何かに取り組む姿勢、達成した喜 び・・・中でも、この夏、アーチという実践を通して一番変わったことは、ヨガ関係の文章を読んでいて、メッセージを実感として受け止めることができるよう になったことである。ひとつひとつの言葉が、いきいきと私の心にしみいる。こういう季節を人は青春と呼ぶのだろうか。 
すべては、なるようになりますように。

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