国際ヨガ協会

エッセイ2018年度

ヨガエッセイコンクール 2018年度 入賞作

2018年度エッセイ部門 最優秀賞
脳出血と昇段審査

沼田華美さん(広島高屋支部)


私は元々、やった感の強いスポーツとかが好きで、バドミントン、ジャザサイズ、ボクシングと、週に5日間ほども汗だくになっていました。でも離婚を機に住む環境が変わり、職場の環境も変わり、なかなか行くことができず、7年ぐらいはスポーツから離れてしまって体に脂肪を貯め込んでしまってました。そんなとき、職場のお客様より健康ヨガがあることを教えてもらい、今の教室に通うようになりました。昇段審査で初級、3級をいただき、どんどん上達するぞ!と思っていました。しかし、2016年の6月、まさに2級審査を受けようとする1週間前、職場で 突然、脳内出血で左半身が動かなくなり、そのまま入院してしまいました。幸いにも手術することもなく、2か月間のリハビリで退院しました。後遺症は完璧に治ると信じていたものの、左半身は思うようには動かないもので、それでも週一の健康ヨガに通うことによりできないこと、苦手なこと、自分の体と向き合いながら少しずつ少しずつですができるようになってきています。そして2018年の6月、無謀だとも思いましたが昇段審査2級を受け、合格することができました。これも、指導や後押しをしてくださる先生や同じ教室に通う仲間のおかげです。ありがとうございます!
こんな病気になって後遺症で心折れそうになりそうなものですが、私はなぜか気持ちはいつもポジティブなんです。入院中も理学療法士の方と一緒になって、初心者の私が先生となってヨガをしたり、週一の教室で楽しくヨガをして仕事の疲れを取ったり、チャレンジすることができるヨガがあったりのおかげだと思います。
後遺症も、もうこれ以上は良くならないと諦めてしまいそうにもなります。今までは結果が出ないとすぐ諦めてしまう自分でしたが、次の昇段審査を受けたいと思う一心で、怠け者の自分が意外にも毎日少しでもヨガをしてると、「あ、足が少し力が入るようになった」などとヨガで自分の体と向き合っていることによって気づき、やっぱり諦めるべきではなかったと思われたのです。
ヨガと一緒に諦めず、一生、自分の体と向き合いながら、心身ともに健康な自分を目指して頑張ってやって行きます。いつか、国際ヨガフェスティバルにも行けたらなとも思います。まだまだ、脂肪も貯めこんでますのでダイエットも頑張ります(笑)。

2018年度エッセイ部門 優秀賞
娘のひと言で“ヨガの世界”へ!

 

野田 泉さん(広島高屋支部)


還暦を過ぎ、ヨガ教室へ通い始めて3年目となりました。今では教室に行くのが楽しみになっております。そもそも私自身ヨガには、まったく興味や関心はなく、ヨガと言えば、あの片岡鶴太郎さんのけったいな格好が頭に浮かぶぐらいでした。ましてや、テレビで流れるようなしなやかな動きはとうてい無理、と心に決めていました。 以前から、妻と娘がヨガ教室へ通っていたことは、知っていました。土曜日の午後になると、二人はいつもバタバタと何やらヨガマットとタオルを持ち、動きやすい服装で地元の地域センタ-へと出かけて行っていました。自分と言えば、現職のときは朝6時過ぎに家を出てのJR通勤。帰宅は深夜の10時か11時だったので、たまの休みぐらいは、家でゆっくりしたいと思っていました。
退職し勤務時間にゆとりが出てきたある日、娘が「お父さん、ヨガを始めてみたら!?」と、話しかけてきたのです。
「お父さんは、体が固いから、将来介護が必要になったとき怪我もしやすくなるし、介護する側も大変になるよ」と。
娘の発言は、介護施設で働いていたからこそ出た言葉だと思えました。説得力のある言葉に背中を押された私は、気軽な気持ちで、妻と娘の3人でヨガの体験教室に行くことにしました。教室に入ると、生徒さんからの視線がすぐ気になりました。というのも、教室には男性は私以外1人だけで、あとのメンバーはすべて女性の方ばかりだったからです。
若い女性は少ないものの、当初、目のやり場に戸惑っていました。しかし、回を重ねるごと、自分にとって心地のよい新たな居場所の一つとなっていきました。指導者の先生の教え方はもちろんのこと、時々話される話題がためになったり、同じ教室のメンバーとも少しずつお話ができるようになったりしたからです。
他にも、教室に通い始めて、うれしかったことが2つありました。
1つは、普段使っていない筋肉を伸ばすことや呼吸法を意識することで、体も心も軽くなることです。
2つ目は、先生から褒めて頂けることです。先生は、いつも気軽に生徒さんに声をかけておられます。
私も、「野田さんのご主人は以前に比べたら体が柔らかくなられましたね」と、声をかけて頂きます。ついうれしくて、さらに動きを大きくしている自分に気づきます。やはり褒められると、人はうれしいもので、さらに頑張ろうと思えるものです。
自身も教師の端くれ、退職した後も、再任用として小学校で児童に関わることがあります。これからも、一人一人に励ましの声をかけたりや挨拶をしたりしていきたいと思います。
学校では、子ども達に、家庭では、長男のお嫁さんと楽しくヨガのポーズを教え一緒にやることもあります。まずはヨガ教室10年を目指し、ヨガとの出会いに感謝し、さらに頑張っていきたいです。

2018年度エッセイ部門 優秀賞
ミュージックヨガに寄せて ~芦野玲子さんに捧ぐ~

渡辺朋恵さん(山形最上支部)


「じゃあこの次またね~」と屈託なくいつもどおりにあいさつを交わしたのが最後になってしまうなんて…。美しい秋空が広がる9月のある日、私たちは、ずっといっしょにミュージックヨガに取り組んできた、そして、今回もそのリーダーだった大切な仲間、芦野さんを突然失いました。そのセンスのいい選曲、のびやかな振り付け、キレのいい指導、明るい笑い声。何もかも、あのときを最後にもう二度とごいっしょすることができないなんて、いまだに信じることができません。
私がミュージックヨガに参加するきっかけとなったのは、古澤先生の「あなたもやってみなさいよ、楽しいから」というお誘いです。それまでミュージックヨガは実践会で見たことはあっても、あんなアサナやこんなアサナ、私には到底ムリムリ。それって、本気とやる気のある方々のするものですよね?だって私、どんな動きも、人前でお見せできるようなできばえのものは何一つございません。…そんな私でしたが、先生や先輩のみなさんになんとなく乗せられて、いつの間にか参加していたのです。「私だって最初はできなかったよ。でも一回できるようになれば、あとは逆上がりとおんなじ。たぶん一生モノ!」とのことばに後押しされて、シルシアサナができる日が来ようとは! 続きまして、ひとりでは何度やってもできないアーチのポーズなのに、両隣に仲間がいて「一、二の次、はい、三、四で上げるよ!」と言われると、あらあら不思議、私も上がりましたよ!
でも、アサナができることより何より楽しいのは、音楽に合わせて、みんなの呼吸がひとつになること。何とも言えない一体感が得られること。自分と向き合う時間とはまた違った、仲間とつながる快感に、すっかり魅せられるようになりました。
古澤先生のご指導のもと、先生とみんなの“気”でいっぱいになる普段の教室はもちろん充実していますが、毎年、ミュージックヨガの練習が始まると、充実の度合いが一段階上がります。練習期間中に週一回のご縁でしたが、私たちのミュージックヨガを長くリードしてきた芦野さんともうお会いできないこと、悲しくて寂しくて、言葉にできません。でも、ミュージックヨガがあったからこそ、心動かす温かいおつき合いができたのですね。 芦野さん、今まで本当にありがとうございました。途中で動きを忘れても、視線の先に芦野さんがいるから大丈夫、と甘えてばかりでごめんなさい。芦野さんの不在はいくらがんばっても埋められるものではないけれど、本番は精いっぱいの祈りと感謝を込めて演技します。そしてステージが終わったらカラカラと笑いながら、きっとこんなふうに言う芦野さんの声が聞こえるはずです。「いやあ細かいことはいいんじゃない? よかったよー、上出来!」 

2018年度エッセイ部門 優秀賞
ヨガと、私の挑戦

小池昌子さん(広島東支部)


私にとってまさに「ヨガと私」に他なりません。ヨガに出会って早いもので5年以上の歳月が流れました。先生には申し訳ないことですが、まぁ!!進歩のないこと。自分でもあきれる位。できないポーズもたくさんあり、それでもくさることなく只々継続をめざして週に一度、心地良い緊張と皆の顔見ること楽しみにさっそうと出かけて行きます。そう!!私にとってヨガは、先生が居て仲間が居てくれること。それが私を今日迄続けられつなぎとめてくれた最大のポイントです。
そもそもヨガとの出会いも私にとってはドラマ。主人を見送ってから、一人の生活の中でも日々仕事があることに救われていたものの、空虚な時間を埋めるため何かをやる、習う、始めること。なにしろこういうことは、娘時代ひっかいた程度「何がやりたいん」と自分に問うてもわからんのです。一つ浮かんだのは、体動かすこと。職場も近い所に恵まれおおよそ体を動かすことには、かけ離れていたし。そうだ!! まだまだ働きたいし、将来寝たきりになって子供に迷惑かけたくない一心で、体操だから、ついていかれようが、いかれまいが足手まといになろうがもうこの年になれば恐くない。それが65才でした。私にとっては大きな挑戦でもあったのです。大勢のお客様相手の職場でありながら、皆と共に活動の場に自ら参加することは、すごく勇気のいることだったのです。これを打ち破ったのは年齢でした。この年なんだから、できんで当たり前、ついていけんでも当たり前と、面の皮が厚くなるのです。こうしてみると、年をとることもまんざらでもないよねぇと思うのです。そして!! 私にとって一大決心をした頃に奇しくも地域の回覧が回って来たのです。エェ? すぐ近くの集会所でヨガ教室があるって!?
意を決して参加したのが二回目の時でした。娘みたいなきれいでやさしそうな先生と、学生さん、若いお母さん方と、地域の人ばかりなのに殆ど初対面の人たち。想像通りまさしく長老で、心の中でヤッターと変な安心感。しかし今でもその日のことは鮮明に記憶していて、まぁ、ついていくどころか先生の言われていることがまったく理解できない…! 意味がわからん!!
先生はやさしく言ってくれました。「今日は体験だから、やっていけんと思ったらそれでもいいですよ」って。「いえ続けます。死ぬ日迄続けます」と。かくして2012年12月、2週目の木曜日だったと記憶しています。
そして暮れの最後の日、「皆さん、ポーズしてください。片足で立って両手を高く手のひら合わせて…」ハイチーズでパチリ! なんとお正月、先生からの年賀状に刷ってありました。これにはびっくり感激!! 先生のお人柄、生徒ひとり一人、老若関係なく体調に合わせて寄り添い、適切な助言で導いてくださる。ああ続けられる! こんな私でもどうにかなるわって。先生が居て仲間が居て、決して一人でいくら時間が余っていてもできることではない!! それから娘達にピンクのマット、ユニフォームを買ってもらい、一応かっこうだけは、いっぱしのヨガのタイルになってきました。
あれからも新人の方に出会うことあれど、まぁ!私の初日からは比べられないほど、すご~く立派。こんな私を見捨てずあきらめないで愛情注いでくださる先生に感謝せずには、いれません。故障も多々ありお休みも度々。何の進歩もなく、年々背は低くなり体重も増えるなか、自分で「何しとるん!」と思うけど。そんな私でも以前からすご~く改善されてること多々。友達から「あんたぁ、ええよねぇ。肩こりも腰痛もひざもどっこも痛いとこないでぇ!」と。いやぁ以前はそうではなかった。整体に定期的に通い、電気治療も受け、ひざの骨折後は年中サポーターしていたり。そう、偏頭痛も持病の鼻づまりもいつの間に解消されてる!! 体は今も硬くて思うようにならんけど、普通なら年を増してガタが来るのに(頭の中はおいといて)元気で生かしてもらってること。これは絶対ヨガのおかげ。 2018年5月、かねがね死ぬまでに一度は参加したいと思っていた広島県廿日市から山口県津和野まで90km、二泊三日の歩く旅に思い切って参加しました。もちろん初心者で最高齢。只々他の人に迷惑かけないこと念頭に、耐えずトップグループについて行きました。達成できた時は今まで味わったことのない感動を覚えました。もしヨガに出会わなかったら、続けていなければ、山形先生に出会わなかったら、仲間に出会わなかったら、今の私はありません。年を増すごとに故障も少なくなり、もしかして今年は皆勤賞かなぁ…と、退職した今「今日行く」「今日用がある…」と、日々元気で出かけております。ありがとう!!ヨガに出会わせてくれて。

2018年度自由表現部門 優秀賞
ヨガとわたしについて

 

永野栄子さん(長崎中央支部)


ヨガ健康の有難さを知ってから云うん十年になります。ヨガの中に、自分の健康を自分自身で守り、全体的に少しずつではありますが、体の変化を確かめることができました。呼吸法によって取り入れた酸素は、血液の浄化、内臓、筋肉、脳神経の疲労を解消し、新陳代謝を活発にしてくれるそうです。このことに気付きながら身をもって体験しました。継続していたためか、体のバランスが取れていたのか、更年期障害もなく、生理(恥ずかしい話)も55歳までありました。
高齢になりましたが、「今日はここが痛いから行ってみよう」と、勝手な自分に気づきます。帰る頃はすっきりして帰途につきます。こんなに幸せなことはありません。
教室では先生の御指導のもと、スリアナマスカルのお声を合図に、身も心も引き締まり集中力がアップします。若い方達についていけそうもありませんが、健康の為自分を見つめ直し“生きる”を精一杯頑張りたいと考えます。
つい最近、ヨガ実践会に久し振りに参加し思いがけなくサリーを着せていただき、インドに行ったような気分になり、心が晴れ晴れ。今までで初めての経験でした。一生涯の記念になりました。
できればヨガを命果てるまで続けていければと思い、駄作句ではありますが、詠んでみました。

ヨガ終えて 喉を潤す 梅酒かな
手を合わせ ヨガ始まりぬ 星涼し

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