国際ヨガ協会

エッセイ2014年度

ヨガエッセイコンクール 2014年度 入賞作

2014年度エッセイ部門 最優秀賞
私とヨガ~そのあゆみ

栃木中央支部 中原いくみさん


 10数年前、大阪から栃木に引っ越しました。友人や知人のいない寂しい毎日を送っていた時、自治会の回覧で見つけた公民館のヨガ講座。以前していたヨガを続けられる、そんな直感が私の脳裏をピピピと走り、体験に出向いた時のことを思い出します。毎週のヨガ教室が待ち遠しくて仕方がなくなり、家で暇を見つけてはヨガを行う日々…。だんだん自分の中に活力が湧いてきました。そんな私の姿をみて夫も行くと言い出し、夫婦で毎週火曜日午後7時からのヨガクラスへ。私たちは結婚10年過ぎて、まだ子どものできない夫婦でした。ヨガ仲間との楽しい時間は私の心のオアシスとなり、自然と心のわだかまりや不安から解放されて、“こころの平安”をもてるようになっていきました。そんな頃だったでしょうか、私のお腹にひとつの生命が宿ったのです。驚きました! 結婚12年目にして初めて授かった子どもでした。出産後は息子が7ヶ月になった頃から「子育てサポートヨガ」に一緒に通いました。育児の合間に少しでも体を伸ばせることは幸せでした。
 そして3年後、もう一人、女の子を授かりました。この子は出産翌日に「ダウン症の疑いがある」と告げられ、奈落の底に突き落とされたようなショックを受けました。
 生まれた時は初乳を吸う力がなく、30分おっぱいを吸わせても体重が1グラムしか増えなかった娘。たった50mlのミルクを飲ませるのに40分もかかり、一度に飲める量も少ないので一日に8~10回ミルクを与えました。ほぼ一日中、ミルクを飲ませていた気がします。なかなか事実を受け入れられない自分。苦しい時間が続きました。私の胸中は一進一退…。“障害”という事実を受け入れるまでにはずいぶん時間がかかりました。月日というのは人の心を癒してくれるものですね。日々子どもに接していると、笑顔のかわいさ、愛くるしい表情…少しずつ私の心が解けていくのでした。人それぞれに成長の速度は違うものです。この子は「生きていく時間軸が違うんだな~。」ゆっくりゆっくりと成長していく我が子を見て思ったものです。「誰とも比べられない~」という思いを幾度積み重ねてきたことでしょう。
 その子が4歳になって保育園に通い始め、約10年ぶりに一人でヨガを受けた時は感激しました。県の施設「健康の森」の広い体育館、1時間15分のヨガタイムは私をよみがえらせてくれたようでした。「大きな愛」を感じ、「幸せ」があふれてきて、こころがいっぱい、それがなんとも言えずに心地良い!リラックスを感じた時間でした。
 2013年5月、10年ぶりのヨガアサナ実践会で昇段審査を受けました。10年前に先生から昇段を勧められた時、正直言うと「人と比べることがない世界がヨガなのに」と納得がいきませんでした。自らの心の平安を追求する思いだけが強い自分がいました。久しぶりの実践会、開催2週間前に子どもの入院などのハプニングがありましたが、そんな時も、朝起床したらスリアナスカルだけは行うようにしました。練習不足の自分を何が支えたかというと、毎朝のスリアナマスカルでした。今の自分をそのまま出せばいいと昇段審査に臨みました。

 今、私は指導者として歩み始めています。指導者として歩むために必要なことなど、年齢を重ねて見えてきたことがあります。現在息子は小学4年生、娘は1年生になりました。兄妹仲が良くて、そんな姿を見ていると心からほほえましい気持ちになります。産んだことを後悔した私でしたが、今は子どもたちを育てる喜び、家族との日々の幸せを感じています。ヨガをできなかった10年を経て、今がある。周りに支えられ自分のヨガができる喜びや素晴らしさを噛みしめています。
 

2014年度自由表現部門 最優秀賞
強くやさしいヨガの力

山陽学園 姫宮成子さん


 

2014年度エッセイ部門 優秀賞
ミュージックヨガと私

栃木中央支部 高林フテさん


 16年前、ヨガと出会えた私は、胃ガンで体中の筋肉がトロトロになってしまっていた時でした。「お母さんのお尻がなくなってしまったね」と嫁さんや娘に言われ、ワンサイズ下の下着や洋服を買ってきてくれました。退院後は食べることと家事がやっとで、それが私のリハビリの日々でした。近所のお友達が「公民館でヨガをやっているのでいきませんか。先生にお聞きしたら、病気をした人でも大丈夫よ」と誘ってくれました。お尻のホッペがほしい、腰を伸ばしたい、元気になりたい一心で出掛けてみました。益子篤子先生の教室でした。
 ヨガの合間にミュージックヨガを教えてくれます。全身を使って口ずさみながら、簡単な動きでのくり返し。その場ですぐにできる「花」や「見上げてごらん夜の星を」といった曲でした。誰もが知っている曲で、こんなに楽しくさせてくれる、私には歌詞が「泣きなさい。笑いなさい。いつの日かいつの日か花を咲かそうよ」と、先生がそう言ってくれているような気がして、私を励ましてくれているような気がしました。家でお茶飲みにきてくれる人の前で踊ってみたり、組内の集まりや食事会の時、ヨガ仲間と発表の場を楽しんでいます。「見上げてごらん~」も、実践会で教室の全員で発表したり、私が初めて参加した熱海でのフェスティバルでも、栃木中央支部で発表して賞をいただいたり、16年前のことも鮮明に覚えています。♪“ささやかな幸せを祈ってる。追いかけよう夢を~二人なら苦しくなんかないさ~”このフレーズも大好きです。毎年創作されるミュージックヨガ。選曲がどの曲も大好き、とてもいいです。教室では「先生、ミュージックヨガやって」と注文されます。16年で16曲以上のレパートリー。今ではラップの曲まで! 私も70才をすぎ、脳トレで認知症予防にもつながっています。アサナを入れたり、場の移動、若い方に混じっての発表、倍の練習が必要になってきました。
 毎年のフェスティバル。元気で参加できるのが嬉しいです。先生は切符まで買って連れていってくれます。大好きなミュージックヨガ・コンテストは観るだけでも価値あり、感動そのものです。教室でもDVDを貸出し、回し見をしています。
 ヨガは私の老後の生甲斐になっています。心も体も魂までも、私を本当に丸ごと救ってくださっています。少しでも永く続けられるように願いながら、心からありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
感謝合掌
 

2014年度エッセイ部門 優秀賞
大きな手術とヨガ道「AUMの精神」

天王寺学園 学園長 谷口英幸さん


 先日、私は脳動脈瘤の未破裂クリッピング手術を受けました。三年前に脳ドックを受けた際、脳梗塞のかけらも無く、非常に綺麗な脳だと言われましたが、ただ一つ小さな動脈瘤が見つかりました。当時は3ミリでしたが、毎年、検査をするたびに、4ミリ、4.5ミリ、そして今年の六月の検査で、5ミリを超え、脳神経内科の先生から「一度、脳外科を受診しては如何ですか…。」と言われ、兼ねてから名声の高い、日本橋病院の米田先生を逆指名して、最新式のMRIで再検査。そして、造影剤をカテーテルにて注入しての3D-CTを受け。大きさと場所の確認をした上で、頭を三十数針程切り、頭蓋骨に5?程の穴を開けての手術でした。所要時間は、6時間とそこそこ大きな手術でした。
 手術前から、いろんな事を想定し、内観瞑想を繰り替えしたことによって、手術に対する恐怖は全く無かったのですが、麻酔が切れた時の痛みは、遙かに想定を超えていました。集中治療室では、一睡も出来ずひたすら耐えて居ました。多くの人は、大きな声を出したり、ベッドを叩いたりと騒いで居られましたが、騒いでも痛みが取れる訳でも無いのに何を騒いでいるのかと思いながら、人間模様を楽しんでいました。今、置かれて居る現実を粛々と受け入れるだけです。正しくヨガの精神、AUMです。
 集中治療室も18時間で脱出、一般病棟にて、傷み、熱の昇降、腫れと一通りの傷口を治癒するための自身との闘いの状態を過ぎ、33時間後には自力歩行が出来るようにまで回復。医者も看護士も驚いていました。これもヨガの成せる技と思って居ます。
 私は、一人住まいの言い訳かも知れませんが、やはり外食も多く、六月の段階で、なんと中性脂肪が、480を超えていました。流石にこれはやばいと、外食を極力減らし、乳製品、玉子、塩分を今までの3割程度に減らし、そこに、今さらと言えば怒られますが、グリーンミクロを一ヶ月で、400の瓶を一本のペースで飲みました。
 そして、一ヶ月後の再検査の時に何と、中性脂肪が、140にまで下がっていました。自身の予定では、半分の目標値、240でしたがそれを遙かに上回る数値にびっくりいたしました。
 日頃の食生活、ついつい疎かになりますが、今回の実体験は余りにも驚異としか言えません。
 また、「食」が如何に大切か、今回大きな手術を受けたにも関わらず二週間ほどで退院できたのも、「食」です。こめかみの上の頭蓋骨に5ミリくらいの穴を開けての手術です。口を開く事さへままならない所に、食べ物を口に入れ、噛む、咀嚼する時の顎関節から、こめかみへの痛み、かなりのものでした。何とかスプーンのみで、口の中へ…。
 眉間に皺を寄せながら食べる、いや、食べると言うより、喰らうと言う感じでした。殆どの方は、「痛い、まずい。」と半分も食べずに残していました。私はとにかく我慢、何が何でも喰う。喰って一日でも早く回復したい。この一心でした。手術の翌日から、退院まで三食全てを完食。おかげで、医者や看護士が驚く程の模範生で、三十数針の抜糸も三日も前倒し、洗髪も三日速かったのです。ただ、洗髪は少々心配でした。傷口から水漏れしないかと…。
 とにかく、動脈瘤が破裂すると7割が死に至り、残り3割りが半身麻痺です。自覚症状が一切無いので、手術をついつい先伸ばしがちになってしましますが、私としては正しい判断をしたと思います。是非、皆様も年に一度くらいは脳ドックを受診してください。ヨガの多くは健康を保つ為に行っていると思います。内臓のコントロールは、ある程度できても、脳はなかなか解りづらい所のようです。心身共に前向きに生きたいものです。
 

2014年度エッセイ部門 優秀賞
リカさんから学んだこと~リアルな自分

日本AT研究会 喜多千絵さん


 「帰国して間もなく気づいたのは、今回のようなイスラエルとリカさんとアレクサンダー・テクニーク、その組み合わせが私にとってとても大切な刺激だということでした。ゆるい日常の中ですぐに楽を求め、ある程度のところで分かったつもり、できたつもりになり、それを“よし”としてしまう私には、そのくらい強いショックが必要でした。すぐに私の癖・習慣はやってきますが、少なくともリカさんの傍で学んでいた間は、いつもの私より元気でその場を楽しんでいました。
 今回も何度か陥ったのですが、自分にとって本当は重要ではないことに囚われ、本質から離れたところで一人苦しんでしまうことがよくあります。どうしようもない自分が嫌になります。落ち着いて考えたら分かることなのに、幻想の中にいるときは大切なことを簡単に見失ってしまいます。いつも、またやってしまった、と後悔します。でも、それは自分の弱いところ、嫌なところを必要以上に重要だと思っていたり、直接、早くどうにかしたいと思っているからなのだと分かりました。いつも失敗して消耗するパターンはだいたい決まっていて、真の問題ではないところに引っかかってポイントを逃してしまいます。でも今回は、リカさんや谷村先生の言葉や態度から自分の古い考えを修正したり、本来の元気な自分を取り戻せたことが何回もありました。
 リカさんは何度もおっしゃいました。「シンプルに、クリアに、原理を信じて」と。リカさんのようにすっきりしたところを私も目指したいです。ATの学びの中できっとはっきりしてくると、リカさんや谷村先生が証明してくださっているようでした。 私にとってそれほど大切ではないことを、今回一つ見つけることができて嬉しいです。そして一つ余計なことに気づいたら、大切なことも見えてきました。私の本当にやりたいことは、ATを通して原理を学び、共有することで、一瞬一瞬のものごとを大切にしたい、楽しみたいということです。なぜATを通してかというと、自分も人も様々な現象も、より正確にシンプルに現実的になるからです。また原理に沿えば、目に見えない生命力や本質的なものに接触することができると思うからです。だから毎日レッスンしても飽きないし、イキイキしてくるのだと思います。リアルに生きている自分がそこにいて、満たされます。私にとって大切なものは、これ以上具体的に言葉にはできませんが、心と身体ではちゃんと摑めたと思います。

イスラエルでリカさんから学んだこと
*本質、原理からそれない
*何ごとも選択しようと思えばできる
*きちんと考え、すべきことは少々しんどくてもやってみること
*もっと強くなれる
*努力して全てがバランスよく整ったとき、指先から相手の生命力を感じ、活き活きとしたものが相手に伝わり、言葉を超えた交流が実現する

 リカさんに実際に触れて示していただいたとき、涙があふれてきて止まりませんでした。私の内面にある「外に出たい、活き活きしたい、動きたい、広がりたい、もっと強くなりたい」というエネルギーを、一瞬で摑んで引き出された感じでした。
 今はまだ涙が出てきてしまいますが、もっと学んで、言うべき言葉、プライマリー・コントロール、私の生命力、本当の気持ちがさらさらと流れ、周りに広がるような教師になりたいと願っています。
 

2014年度自由表現部門 優秀賞
おうちでヨガ

山陽学園 大滝さくらさん

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