国際ヨガ協会

ヨガエッセイコンクール 2012年度 入賞作

2012年度・エッセイ部門 最優秀賞
“いい加減”な生き方を歩み始める 

大分西支部 大久保志津恵さん

アレクサンダー・テクニークを始めて、全力投球の生き方は自分には合わないと悟った。今は“いい加減”(適度な加減)に力を抜いた生き方を歩み始めている。
完璧主義だった私は、妥協するのが大の苦手だった。何よりも仕事が大事で、常に全力を尽くすのが当たり前だと考えていた。
振り返ってみると、肌の曲がり角を迎えた20歳代、美容に精を出す友人を冷ややかに横目で見て、仕事に打ち込んだ。体力の衰えを感じ始めた30歳代では、体から溢れ出る小さなサインを無視し続け、医者からの入院勧告も振り切って、般若の形相をして仕事にのめりこんだ。40歳を迎えて、栄転と結婚という人生の最も幸せな転機が舞い込んだ。しかし新婚2年目に、完ぺき主義とは程遠い夫の体が私より先に壊れた。がんだった。
新しい勤務地での仕事の重圧に加えて、退院した夫と一緒にがんの再発・転移の恐怖と戦うことは、私の手には負えなかった。もう限界だ。打開策の糸口を見つけようと、夫婦で極端な玄米菜食を始め、私の体重が40kgを切り夫の体重も50kg近くになった。
そんなとき、アレクサンダー・テクニークに出会った。当初の私は、レッスンの時にマットの上に横になっても、体の力が抜けず、頭を伸ばす感覚が、全く分からなかった。
しばらく経ったあるとき、いつものようにマットの上に横になった私の頭の中に、突然、晴れ間が現われ、頭から足先へ空間がポツ、ポツと順に広がっていくイメージが沸いてきた。すると鼻の奥へ空気がぐっと入り、眉間の間の太いシワがスッと広がり、呼吸も楽になった。次に、手を上げ下げすると、さっきまで重くだるかった体が、風船を多数付けたかのように軽かった。一方、頭を小刻みに動かすと、頭と首の間の張り詰めた糸がゆるんだ。さらに、足の小指の感覚が甦った。体の中に空間(ゆとり)を作るとは、こういう感覚かと気づいた。この感覚を知って、これまでの長い間、自分の体に緊張感が続いていたことを悟った。体さん、ごめんなさい、あなたの状態を全く気づこうとしなくて。涙が頬をとうとうと流れた。
夜、布団に横になっても、体の中に空間をもつ感覚を思い出すようになった。そして、布団への背中の付き具合から、緊張の度合いを体から教わった。頭よりも体の記憶力は、たいしたものだ。毎夜、体と対話して、力を抜く“いい加減”を探すようにした。物や人に対して厳しかった私が、「まあ、いいか」と思えるようになった。顔の力も抜けてきて、笑顔で話す自分に気付いた。そうしていくうちに、夜中に考えごとをする回数が減り、朝の目覚めがすっきりした。私の様子を黙って傍観していた夫も、様子が変わった感じがする。
“いい加減”な生き方を歩み始めてからは、自分がどのような状態で50歳を迎えるのかに興味が湧いてきた。40歳を迎えた時よりも体力の衰えをさらに実感すると、諸先輩から伺う。そのための体や心の準備も大切だが、ありのままの状態を受け止めながら、アレクサンダー・テクニークを続けて“いい加減”を身につけていきたい。これからひとつ年を重ねることが楽しみになってきた。
最後に、アレクサンダー・テクニークを紹介してくださった上司の奥様と指導いただいている先生に心から感謝したい。この二人との運命的な出会いのために、私はこの地に移り、自分らしい生き方を学ぶ機会に恵まれた。今度は、私が次の人に PAY FORWARD(恩返し)をする番だ。

 

2012年度・エッセイ部門 優秀賞
競技スポーツに活きるヨガの気付き

千葉・九十九里支部 中村智洋さん

私がヨガをやっていてよかったと思うこと、それは日常生活だと体が柔らかくなり、それに伴い体の細かいところまで意識や注意がいくようになったこと、気分がリフレッシュすること、リラックスできることなどが挙げられます。それに加え、競技スポーツを専門としていた私が最もよかったと思うことは、試合で緊張して上がらず落ち着いた状態を保てるようになったことだと思います。
もともと体が固く、緊張で上がってしまうことが多かった私は、ヨガと出会い自分のウイークポイントを大幅に改善することができたと感じています。
試合での緊張は、浅く早い呼吸によって引き起こされると気が付いた私は、それが起こったとき落ち着いて腹式呼吸を行いました。すると先ほどの緊張が嘘のように落ち着き、試合でベストパフォーマンスを行うことができるようになりました。
また私は体が固いということもあり、怪我が多いことにも悩んでいました。ヨガと出会う前から、ストレッチ等を行い体のケアに努めてはいましたが、私が思うような成果は出せませんでした。なぜ成果が出なかったのか、それはやり方が間違っていたからです。例えば、ハムストリングスの柔軟性を高めるために、私はハムストリングスばかりストレッチしていました。これではいくら続けていても成果は上がらないわけです。ハムストリングスをしっかりと伸ばすためには、姿勢、骨盤の向き、呼吸の仕方、ハムストリングス伸張に関わる筋群の弛緩等いくつもの要因があります。この見落としに気が付かせてくれたのもヨガでした。“より適切な、より効果的な体ほぐし”ができるようになってきたからこそ、怪我が少なくなってきたのではないかと感じています。そしてこれに伴い、常に筋に意識を置くことにより、筋からの情報を見落とさなくなったことも、怪我の発生が少なくなった理由ではないかと思います。
私は今年でヨガ歴5年目に入りましたが、ようやくヨガというものが分かり始めてきたと感じています。やり始めのころは、体を柔らかくするために力いっぱい行っていたり、体が柔らかい人ばかり気になってしまったりと自分自身に集中できていませんでした。しかし、ようやく自分の体と対話ができるようになってきました。「ヨガは他人と競争せず、自分自身を大切にしてあげる」、私の先生である長谷川先生の言葉を大切にし、これからもヨガに励んでいきたいと思います。
大学院を卒業して故郷の埼玉県に帰ったら多くのアスリートにヨガを伝えたいと、指導者の資格を取得することを希望し、助手になりました。目標とした道をひたすら歩き続けてゆく自分がうれしい日々となっています。 

 

2012年度・エッセイ部門 優秀賞
ヨガに出会って救われた私の輝く人生

千葉・九十九里支部 細川きくさん

このまま高齢化社会へ突入か…。私は大腿骨を骨折、手術を受けて10年余りの歳月が過ぎ、齢75歳になりました。一年一年経つごとに体の組織が壊れてゆく恐怖に、不安は募るばかりで沈んでおりました。歩くのも心もとない日々、このまま車椅子の生活になってしまうのか、不安で恐ろしく下向きの人生で、体は硬直しておりました。大手術をして膝から大腿骨に金具が入っているのだから、もう75歳だから正常に歩けなくてもと、半分諦め、半分は気休め状態で、ずーっと受け身の電気治療とリハビリに通院しておりました。
あまり希望も持てずマンネリ化していた時に、学校を停年退職された本城先生に「高照寺でヨガ教室が開講されたから、見学しながら無料体験してみませんか?」と誘われました。
「もう75だから無理です。」「一度体験しに来てみてください。」「リハビリに通っていますから。」「86歳の先生が、若くて実年齢が信じられない元気さですよ。」そんなやりとりをした後で「86歳で元気」の言葉が耳に残り、開講したばかりならみんな初心者と、高照寺に足を運んでみました。
メリハリのきいた長谷川先生のお声のもと、体の各パーツを一つ一つの細胞をゆりおこしにかかるヨガに魅了されて、即入会の申し込みをしました。
入会して3ヶ月、支部ヨガアサナ実践会が会長先生と綜師範の先生のご出講で開催されるとお聞きし、長谷川先生のご説明で参加してみたくなり、よくわからないままに友人6人と誘い合わせて参加させていただきました。
実践会はやっぱりすばらしかった…。齢だなんて考えないで、このすばらしい団体に身を委ねよう、友人と共に決断しました。
ミュージックヨガ「山のあなた」の発表にも魅せられました。演技者の中に78歳と74歳の方がいると聞いて、ヨガって素晴らしいとますます感動いたしました。
入会してまだ1年5ヶ月、毎日10分でもいい、大腿四頭筋に筋力をつける。正常に歩けるようにと、自宅で一人ヨガのすすめと簡単な運動をと教えていただき、毎日実践しておりました。階段の昇り降りがスムーズになり、歩くのがとても楽になりました。いつの間にか変わっていたことに気付いた喜びは言葉では表現しきれません。
次のステップは、自分で満足のできる生活をしたい。それは、正座ができることを願いつつ、今の自分より少し前へ進めることへチャレンジすること。きっともっと明るくなることを願いつつ。
長谷川先生の人生経験豊富な語りが胸を打ち、道徳的な教えにも多く触れ、心豊かな話題に耳を傾ける。高照寺の雰囲気の中にすっぽりと包み込まれてヨガを受講する日々。その日を待ちわびて通う教室。大事な大事な日課としているヨガ。受講してよかった。 ほんとうに“ヨガ、ありがとう!!” 

 

2012年度・自由表現部門 優秀賞
出会い・ふれ合い・巡り合い

岡山・吉備学園 岡田洋子さん

秋桜 アレクサンダー 身の軽く

(あれ、この身の軽さはなんだろう?) ヨガフェスティバルに初めて参加した。帰ってくると、何と身が軽い。なぜだろう? 確かに、二日間ヨガ三昧だった。食事も、吟味されヘルシーだった。夜は、サリーを着てインド舞踊に興じた。でも、この軽さは、そういったものからではないなあ。思い当たったのは、全体研修のアレクサンダー・テクニークだった。脳は、自分の体の一部としか思ってなかったが、むしろ、自分は脳に支配されているのではないかと、感じ始めた。
ヨガ教室に行くと、皆が、どうだったかと尋ねに来た。とにかく、身が軽いというと、不思議そうな声が聞こえてきた。
先生の紹介やTさんのお世話で、日野原重明氏の百歳記念講演に行った。近所の奥さん達六人で、倉敷まで行った。日野原先生は、お話の中で習慣の大切さを言われた。これは、自分の意志で脳を動かすことではないか。脳をその気にさせることだ。先生は、僅かな休憩時間に、著書にサインをされていた。とても百歳とは思えないスピードだった。
六人は、風に吹かれているコスモスを眺めながら、帰路についた。

新米や 両手うずめて 鼓動聴く

「新米がつけたで」と、姑の声がした。急いで、長屋に行った。バケツに入った新米に手を入れた。温かいなあ。家族四人の一年分のお米ができた。でも、その時、私の動悸は高鳴っていたのだった。
台風で稲が倒れ、夫と息子と私で手刈りすることになった。私はヨガの前屈姿勢で、面白いほど鎌で刈れた。おまけに、道がくずれ、稲穂を担ぎ上げることになった。夫と息子は、「さす」で天秤のように担ぐ。私は一束担ぐ。ヨガのお蔭で筋力がつき、できるようになったのだ。
稲穂を穂木にかけ、三十日ほどしたら、稲こぎだ。天候がくずれそうなので、息子はいないが、夫と二人でこぐことにした。
夫は脱穀機、私は稲運びだ。途中で夫が「代わろうか」と、言ってくれた。脱穀機も、ドッドッとして、胸にこたえる。
「機械の前に稲を出せばいいから」と、言ってくれた。しばらくすると、やっぱり…。するとフェスティバルのことを思い出した。
(そうだ、足を地面につけ、地面にまかせよう。)
(そうだ、機械の歯車が、稲を噛むのだから、機械にまかせよう。)
八段の穂本の稲こぎが、終わった。私は、心の中で(ありがとうございます)と、手を合わせた。

合せきの ポーズや赤き バラ動く

人を突き勣かすものは、何だろうか?
合せきのポーズをし、前屈する。石井先生が、初めてそれを見せてくださった時、私の気持ちが動いた。ヨガを始めて、二年たった。合せきして前屈すると、頭がついた。
(あれ、ついた。そんな筈はない…。)
もう一度、してみた。つくではないか。昨日つかなかったのに。
カレンダーを見ると、六月一目だ。庭には、『ベラ』の赤い大輪のバラが咲いた日でもあった。教室へ行き、「ある日突然できるなあ」と言うと、開脚だけが苦手なMさんやKさんが、俄然張り切り始めた。
反応が速いのに、私の方がびっくりする。

首長し 風に吹かるる 山薊

長年、うつむき姿勢が多かったので、猫背だ。でも、ヨガで、随分姿勢がよくなった。あとは、首だ。右首に硬いこりがある。これがとれると、いいなあ。
山道を歩いていると、薊(あざみ)が目に入った。茎が細くて80センチはある。その上に花が乗っている。まるで、首と頭だ。風に吹かれて、茎ごと揺れている。細くても、確かな動きだ。こんな風に首を保つことができたら、人は健康だ。
首のほぐしの時、先生はらせん階段をイメージしてと、言われる。(らせん階段て、どんな風にするのかなあ。)(そうだ、左の肩にぴったりつけて回し、右の時は、少し浮かして回せばいい。)
らせん階段は、頑丈だ。薊のようにしなやかでもある。朝顔がらせん状に上へ伸びる様子を脳に浮かべて、内観してみる。集中している。自分の中の何かと対自している。

白蓮や 休耕田に 立ち上がる

家族が増えた。息子が結婚したのだ。言うなれば、嫁さんが来たのだ。女手が増え、私は楽な気特ちになった。と言うことで、久米南町の蓮祭に行くことができた。近くにいる娘と孫で行った。
五枚の田に、紅蓮や白蓮がたくさん咲いていた。私達は、渡り板を歩き、田んぼの中に入った。蓮は、孫や私より背が高く、田んぼに立っていた。見上げると、ゆらゆら揺れた。私が、「白蓮や、風にゆられてえ…」と言うと、3年生の孫が「ゆうらゆら」と言った。二人で笑ってしまった。
娘に「仏様とか極楽とかは、なぜ蓮なんかなあ」と、つぶやくと、「そりゃあ、極楽には蓮が咲いとんじゃがあ」と、即座に応えてくれた。
帰って、姑と嫁に、「なぜ、仏様とか極楽は、蓮なんかんなあ。ひまわりとかでないのかなあ」と、疑問を発した。姑は、しばらく考えて「そりゃあ、上に乗れんがあ。蓮でないと」と言う。思わず、私は「うちのおばあさんは、面白いじやろう。すごいにやろう」と言うと、嫁はにっこり頷いたのだった。

年毎に 母の背低し 麦の秋

麦の収穫だ。玄関口で、「とうみ」にかける。私は、右側で麦を上から入れる。姑は左側でハンドルを回しながら風を送り、重い麦と軽い麦に分ける。年毎に、姑の頭がだんだん見えなくなった。母の背骨は曲がり、背が低くなっていたのだ。
「おばあさん、こんなに曲がるまで、働いたんじゃなあ。一時間位したら反っていたら、こんなにはならんかったのになあ」と言うと、「そんな間は、なかったんじゃ」と、返事が返ってきた。私は思った。(ヨガが、身近にもっと知られていたらなあ。)
地域のサロンに参加した。40代から90代まで30人位、年に5回位集まる。公民館で、料理を作り一緒に食べたり、研修をしたり、おしゃべりをしたりする。私は、勇気を出して、前で先生のように、ヨガをした。足や手や首のほぐしをした。
「ひざが痛い入、腰が痛い入、肩が痛い人、血圧が高い入?」と、一つずつ尋ねた。だんだんにぶりがついたように、大きな声で手が挙がった。ほとんどの人だ。
「ヨガは、たたみ一畳あれば、できる。テレビを見ながらでも、できる」と、大きな声で返した。その時、私は、ヨガ教室で先生が教えてくださる気持ちが、分かったのだ。

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