[4]アーチの夏
鹿児島中央支部 外舘朝子さん(助手) 
 2001年7月、いつものウォーキングでのこと。挨拶もそこそこに、「アーチができた」とはしゃぐ私をみて友人が言った。「青春ですね。」
 アーチに取り組んだきかっけは、5月に行われた「ヨガアサナ実践会」でのデモンストレーションである。先生の網タイツの脚に、私の目は釘付けになった。ピンと尖った膝、くっきりと浮き出た筋肉層。「これだ!」と思った。ヨガと出会って9年。自分なりに一生懸命取り組んで、からだは柔らかくなったものの活力が足りないと常々感じていた。私に欠けていたもの、求めたもの、憧れているもの。全身から溢れるバイタリティー「できるようになりたい」と胸が高鳴った。
 長い間、骨盤と脊椎の不調で苦しんできた私にとって、アーチは想像さえできなかったものだった。テキストをみると、「筋肉で持ち上げるのではなく、身体の全面がしなやかに曲がるイメージを保ちながら静止します」と書いてある。それなら私にも望みがあるかもしれないと思った。準備を万全にすればきっとできる。翌日からアーチへの挑戦が始まった。 
 仰向けになって逆手をつき、ゆっくりと腰をあげる。しかし頭は床から離れそうもない。テキストとにらめっこしながらいろいろやってみた結果、問題点が二つ浮かび上がった。一つ目は手首から二の腕、脇にかけての柔軟性が欠けていること、二つ目はふくらはぎからもも、おしりにかけての一連の筋肉が不足していることである。そこで、手首の対策としてはそこを重点的にストレッチすることを心掛け、脚の筋肉対策として軽い筋トレをしたり筋肉を意識しながら大股でウォーキングしたりした。そしてアーチに臨む際には、まずアサナを一通りテキストの順番どおりにおこなった。全身がバランス良く整うようになっているとあったからである。頭をつけたまま、つま先で蹴りあげてみて力を伝える方向性を確かめたり、下半身全体がバネのように一体となって浮き上がる様をイメージしたりと、試行錯誤の日々は続いた。 
 7月に入るころになると、自分でも体力がついてきたことを実感できるようになってきていた。そして、6日、今こそその時、ハァーッと息をはいて気合をこめた次の瞬間、頭、が床から離れ、両手両足で自分の体を持ち上げることができた。ほんの数秒のことだったが、心臓がドキドキしたこと、「やったあ」という喜び、充実感・・・今でも鮮やかに思い出すことができる。 
 中間先生の脚に一目惚れしたその日、思いがけず賞を頂き、全国大会という目標ができた。決断力のない私が、即座に参加を決めた。私が「わたし」の為に一泊旅行をするなんて初めてのことだ。ただ健康になりたい一心で取り組んできたことを認められ、評価されるということが、こんなに嬉しいなんて。意外だった。いつの間にかからだが整っていたのだと気づかされた。 
 もっと嬉しいことに、8月に入って允許と共に届いた優待状には、「からだと心にすばらしいバランスと活力と平安を獲得しておられることを示されました」とあった。「平安という言葉に反応した。「平安がありますように」というのは私の魂の祈りだったからだ。
 ヨガ教室に通って変わったことはいっぱいある。食生活を見直したこと、夏バテ知らずのからだになったこと、目標をもって何かに取り組む姿勢、達成した喜び・・・中でも、この夏、アーチという実践を通して一番変わったことは、ヨガ関係の文章を読んでいて、メッセージを実感として受け止めることができるようになったことである。ひとつひとつの言葉が、いきいきと私の心にしみいる。こういう季節を人は青春と呼ぶのだろうか。 
 すべては、なるようになりますように。

ヨガエッセイコンクール 2001年度[優秀賞]

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