国際ヨガ協会

創始者紹介

創始者・松島茂雄(僧名 慶信)

「ハイ!土曜日です」収録風景

1924 (大正13)年

大阪府豊中市で誕生。 旧制豊中中学・剣道部で全国制覇するなど活躍。関西学院大学在学中からスポーツ新聞や美術写真集、雑誌「文芸復興」などの出版事業を手掛ける。

1948 (昭和23)年

阪急東宝グループ創業者の小林一三氏の知己を得て、東宝映画に入社。美粧部で「顔の研究」に没頭する。慈恵医科大学で生理学、解剖学を学ぶなど、人間は個性のままに美しいとする「個性美学」理論をまとめる。この頃過労により体調を崩すが、インド大使官員の紹介で来日中のヨガ指導者と出会い、指導を受ける。

1961 (昭和36)年

"大阪ではじめての「本部研修会」を開催(2月3日)、尚美会グループの歴史が始まる。以後、「日本尚美会」の支部が次々と全国に広がってゆく。分科会としてヨガを取り入れた健康法研究グループができる。 美容や健康をテーマにして雑誌やラジオ、テレビに登場する機会が増える。また「東南アジア訪問団」を派遣してヨガ健康法や美容の指導などをおこない、好評を博す。"

1972 (昭和47)年

[国際ヨガ美療学会]を沖 正弘氏とともに発足。やがて[沖ヨガ]を唱導する沖氏と別れて [国際ヨガ協会]を発会。 以降、ほぼ毎年「ヨガ研修団」をインドに派遣するとともに、国内で指導者の育成に努める。まもなく「ハイ!土曜日です」のレギュラー出演などによって、全国にヨガブームが沸き起こる。

1979 (昭和54)年 

人間の個性を数値化した「個性美学」の特徴を活かした「健康視診メディカル・コンピュータ・システム」を完成(現在は[システム-2])。 仏教に伝わる無憂扇温圧療法のために徳島に「神通山千光院」を得て、境内でビワを栽培。ビワの葉療法を普及するとともに、日本人のための日本のヨガを完成すべく、仏教思想を学ぶ。 

1980 (昭和55)年

真言宗総本山「醍醐寺」にて得度。僧名慶信。

1982 (昭和57)年

逝去。

その後

松嶌 徹 現会長を中心に協会組織が近代化され、創始者の理念を受け継ぐ師範会・常任理事会を中心とした集団指導態勢が整う。

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