A Temple of Healing with Prayer and Natural Medicine with the idea of Yoga
神通山千光院
千光院縁起
天正年間(1573〜1592)、阿波の国から出て近畿の覇権を握っていた三好家の一族に尾形長利という武将がいました。ときは信長や秀吉が活躍した桃山戦国時代。三好家は家臣の松永久長に追われ、尾形長利は討死します。嫡男・行部は闘いの空しさを知って修羅の場を離れ、名を法順と改めて京の「醍醐寺・三宝院」で修験の道に入ります。
長く厳しい修行によって法を会得した法順は、やがて師に郷里に戻る許しを乞うたところ、『私の帰依仏である愛染明王からすでに夢のお告げを受けている。明王を奉じて寺を開くがよい』と許されたのです。そして法順が現在の徳島市寺町に「千光院愛染寺」を開いたのが当山の始まりです。
以上 【千光院縁起】による
あらたかな霊験により多くの人々の信仰を集めながら移転すること数度に及び、現在の境内は大正7年に祈祷と施療による病気治癒で全国に高名を馳せた神田貞信師が信者の寄進を受けたものです。
MEMO