パルス
2002.9.
プロジェクトZ
肉体は心の召使いである それは常に思考に従っている。
意識的に選択された思考であれ、
反射的にめぐらされた思考であれ、委細構わずにである。
肉体は、不遜な思考に拠って、病気や衰退へと沈んでいきもすれば、
楽しく美しい思考に従って、若さと美しさの衣を身にまとうこともする。
ジェームズ・アレン
NHKの人気番組『プロジェクトX』は、終戦後、修羅場を生き残って、あるいは"焼け跡"から立ち上がって高度成長期をもたらした世代の物語。いずれも「不可能を可能にした」人々の執念と努力の記録で、感動せずにはいられません。
あの世代を"X"だとすれば、その後の日本をリードした"団塊の世代"と呼ばれる(戦後教育を受けた)人々を"Y"の世代と呼んでみます。少々乱暴なくくりかたですが、欧米式個人主義の教育と核家族で育って、自分の"快感"という感覚を頼りに進んだ世代。
"X"の時代はモノづくり。工業化、科学化が一気に進みます。ところが、ハード面の進歩に一目散だったために、続く"Y"の時代を迎える頃、気がついたらソフト〜日本人の頭の中はすっかり変ってしまいました。あらゆる伝統文化が変質しました。とりわけ食の文化に資本主義が深く侵蝕して、今の子供たちの身体と精神をもろいものにしてしまったようです。
Yの時代がバブルと呼ばれる爛熟期を経て崩壊後、日本は"Z"の時代に突入しています。アルファベット最後。行き詰まり。団塊世代"Y"の子供たちが、言葉を失うような狂った事件を起こしています。「道徳」はほとんど死語となり、「家庭」という単語も続きそうです。
いっぽう"Z"の時代にあって、折り返そう、あるいは原点"A"に戻ろう、という流れもあります。先日も、ダムに沈む奈良・吉野の古代聖地で鎮魂のイベントがありました。これも"X""Y"と無自覚に進んできたことへの反省。全国で埋め立てやダム、原子力発電所などへの批判が高まっているのも、"X"時代に描かれ、"Y"時代が御気楽に進めてきた流れをいま止めなくては、次世代には大変なことになるという、本能的な"A"の反応に違いありません。
今、協会が取り組んでいるのも、まさに"プロジェクトZ"のひとつ。ヨガという、人類の原初の智恵"A"に接点をもっている私たちが、"Z"の袋小路にいる多くの人々に新しい道を示すことができるのではないでしょうか。
人間一人の価値観や行動習慣を変えるのは、とてもたいへんです。良いとわかっているのに、という先生の嘆きがよく耳に入ります。相手の"不遜な思考"を変えることだから、確かにむずかしい。でも、その人は"Z"の不安を感じ取ったからこそ教室に来られているはず。あきらめずに繰り返し"楽しく美しい思考"を注ぎ込むこと。きっと思考を変え、一人の肉体、そして結果として社会に変化を起こすことができるはず。いや、起こさなければならないのです。 "Z"の時代に"A"を知る者として。