また戦争がはじまりました。そしてこの国は、私たち国民は、どうすべきかをはっきり考えないまま(実際に戦地に行く自衛隊員とそのご家族のほかは)毎日の報道にも慣れつつあるのではないでしょうか。

 先日、日本で今もっとも影響力をもつ映画監督・宮崎 駿さんの次の言葉に出会い、戦慄しました。

 「ボーダーレスの時代、よって立つ場所をもたない人間は、もっとも軽んぜられるだろう。場所は過去であり、歴史である。歴史を持たない人間、過去を忘れた民族はまたかげろうのように消えるか、ニワトリになって食らわれるまで玉子を産みつづけるしかなくなるのだと思う」
   

 これは30年前、「いまの日本はすべてが他力本願といってよいほどで、それが幸せだと思っています。その甘えに、青少年たちが孤独との闘いに敗れて非行や暴力に走る原因があります。孤独に耐える忍耐力を持たないかぎり、美しく織られるべき人生の織物をあえなく台なしにしてしまう結果になります」 と憂えた創始者・松島会主や、日本にヨガが広がるだろうと予見され 「万が一にも、そういう時期が近く到来しなかったとしたら、日本社会は近代文明の害悪のために滅び去るべき運命を負わされているのだ、と観念する外は無いのだ」 と言い切られた佐保田鶴治先生の言葉と重なります。

 この30年間、しかし深く反省することもなく、滅びの道をただ進んできたのでしょうか。いえ、そうは思いません。確かに形勢は不利のようには見えても、人々は心身の疲れを感じ、癒しを求める感性を保っています。ヨガ教室がオウム事件の逆風からすっかり立て直し、400を越えてさらに増え続けている事実、時代の流れに敏感な東京では相次いで「満員」状態になっている事実が、この国の明日への希望を抱かせます。

 “よって立つ歴史”の積み重ねである [ヨガ健康法] が、日本でいよいよ大きな役割を担うことは間違いありません。その知恵を伝えることができる幸運をつかまれた指導者によって、新しい教室、新しい学園が続いています。ヨガができなかった町や村に教室ができる、それは町に“生命の泉”が湧くことです。
 ヨガ健康法を伝えなくてはならない人々がいる、苦しみから救われ、もっと充実した人生を送ることができる人々が待っている。そのことを思えば、指導者の皆さんには知らない町で教室を開く勇気を、もしご自身が今以上に動けなければ指導のつとめを生徒さんに託してくださることを、切に願っています。
 「伝える人」に“伝えるもの”をもっている幸運と、その努めをしっかり噛みしめて、今できることを改めて考えましょう。
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2001.11.
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伝えること、伝えるべきものをもつこと
『千と千尋の神隠し』パンフレットより