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20世紀を振り返る

 これから大晦日まで、テレビではそんなタイトルの特集番組が続いて、私たちは改めて[今]は[過去]の積み重ねであり、その延長線上にこそ[未来]があることを思い知るに違いありません。
せいぜい100年の命、そんな昔や先のことは、自分には関係ないよ、と思うかも知れません。しかし[今]に集中すればするほど、ここに結晶しているのは過去の無数の人々の営みであり、想念であることが胸に迫ってきます。
 ひとり静かに座って、古いアルバムを開き、あるいは目を閉じて、まずは自分の両親の生涯に思いを馳せてみましょう。[今]の自分の存在が、無関係どころか、両親の存在の証明だと言ってもよいことに気がつきます。その両親も、その親の、またその親の・・・。最先端の生物学や医学でいま説き明かされている設計図でありプログラムである私たちの遺伝子は、まさに「過去の存在の証明」であるということをはっきりと明かしています。どんな体質も、気質も、そして病気でさえも、その根拠はそれまでの[過去]に刻まれてきたひとつの結果なのだと。
 インドのカルマ(業)の教えは、まさにそのことを伝えてきたのですね。ひとりの人間の[今]の状態は[過去]によって形作られ、[未来]を決する。人生における[今]とは、決してサイコロを転がしては進むようなものではないのだと。だから“過去の結晶”として、また“未来の種子”として[今]を大切にしなくてはならない、と。

 20世紀、日本では家庭も社会も、暗い過去を葬り去ってこそ明るい未来がやって来る、と信じ込まされてきました。その結果、拠り所となる過去(親の世界)を失い、希望となる未来(子供の世界)を危うくしてきました。童話「モモ」に出てくる時間泥棒が、ほんとうにこの国の時間を盗んでしまったかのように。
 このごろ次々と表面化している医療の問題だって、個々の病院や医師に問題があるというよりも、過去(病気)から逃げ、未来(健康)を追いまわしている日本人の生き方がそのまま現れているようにも見えます。
 さあ、まず私たち“カルマの法則を知る者”から、落ち着きましょう。無限の過去を自分の内に宿し、無限の未来を自分の内に宿していることをしっかりと自覚してから、[今]を生きること。目前のすべての現象のなかに、過去の結晶であり、未来の種子である事実を見通すこと。21世紀の元旦を迎える前に、時の流れを見つめる独り静かな[今]と呼べる時間をもってくださることを願って、20世紀最後のメッセージとします。

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